イエス・キリストの黙示。この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕たちに示すためキリストに与え、それをキリストが天使を送って僕ヨハネに知らせたものである。ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分が見たすべてを証しした。この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて中に記されたことを守る者たちは、幸いだ。時が迫っているからである。(ヨハネの黙示1,1~3)

 2024/12/30


176. 手紙

私は、聖ヨハネ使徒福音記者の祝日に、このブログを読んでくださる一人の友人に手紙を書いて出した。読み返すと、少し長いがブログにも投稿しようと思うものがあった。初めと終わりの挨拶を除くと、次のとおりである。また、挿絵は彼女の作である。 

わたしのブログは、聖フランシスコから大きな助けをいただくようになりました。もともとわたしは、聖フランシスコに興味がなく、サン・ダミアーノの十字架像も注意して見たこともなかったものですから、まさか、そこに描かれた図柄が、ヨハネ福音書と黙示録に関わっているとは夢にも思っていませんでした。神のみ手に運ばれていろいろと出会いがあってここへ導かれました。大きなお恵みをいただいたと感謝しています。このお恵みをなんとかして生かし、伝えようと決心しています。どうかお祈りください。 

神は、唯一、「わたしはある」(ヨハ8:58)と言える方で、ヨハネの手紙が次のように伝えているように、また、聖フランシスコも書いているように、「神は愛」です。この真理を夢中になって述べ伝える証人になりましょう。 

「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです」(一ヨハ4:7~8)、「わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます」(4:16)。 

「神の愛」に留まるために、わたしたち信者は、ご聖体が示す神の無情報に注目し、あらゆる情報から貧しくなって、「聖霊と協働する時」に集中できるように努力が必要です。「イエス」の名によって遣わされた聖霊とよく協働するためには、イエス・キリストの世界観を保持していることが必須です。それを注入する力が、ヨハネの黙示録を朗読し、聞く訓練にあります。黙示録の言葉を文字通り受け取り、実行する者は、神の洗いを受け入れる小さい者です。 

わたしは、聖フランシスコが黙示録の「この預言の言葉を朗読する人と、これを聞いて、中に記されたことを守る人たちとは幸いである。時が迫っているからである」(黙1:3)という箇所を読んで、子供のように素直にこの言葉を実行したと思います。彼の書き物を読むと、彼が、ご聖体と「人間の情報」、すなわち善悪の知識に向かったことが分かるからです(本ブログ№169№170参照)。それは、無情報としてのみ人が捉えることのできる偉大な神の「わたしはある」を知って、神の自発性と神の知識によって創造された自分、すなわち情報の塊である自分自身を理解するためです。黙示録のこの箇所は、黙示録を朗読し、その声を聞いて、自分の記憶に入るままにさせる訓練を日々続けることで、「中に記されたことを守る人たち」になることができることを保証しています。忙しいとき、自分に難しさがあるとき、一日にたった一行しかできなかったとしても、また、何かの事情でもっとたくさんできるときも、その声は、流れる水のように自分の記憶に入り、神の洗いは続きます。 

神の洗いを受け入れる小さい者は、ご聖体の前でいつも神の無情報を見つけます。それは、その人がご聖体に集中すると、たとえ一瞬でも、自分の内と外の「人間の情報」から貧しくなるからです。そして、ご聖体を拝領するとき、日々神の洗いを受け入れる小さい者には、真に貧しい者となる瞬間が訪れます。そこで、わたしは、いつもお話ししているように、ご聖体を拝領する時、ご聖体がわたしたちに次の二つのことを尋ねていると思うのです。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」(マタイ16:15)と、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(ヨハネ11:25~26)という問いです。 

わたしたちは、その答えを知っています。マリアとヨセフが天使によって、生まれる子がイエスと名付けられることを知っていたように、わたしたちは、新約聖書によってそれらの答えを知っています。マリアとヨセフが聖霊とマリアの協働によって授かった命は、完全な人として人間の肉を取った神でした。その名はイエスです。一方で、わたしたちが聖霊と司祭の協働によって授かる命は、パンとぶどう酒がキリストの肉となった神です。その名は「メシア、生ける神の子」(マタ16:16)です。イエスは、この名を現したのは「人間ではなく、わたしの天の父なのだ」(マタ16:17)とはっきりと証ししました。 

そして、「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」という問いは、イエスがベタニアでラザロを復活させる前に、マルタに問うたものです。それは、イエスが命のパンであることを証しした箇所で語ったすべてのことを信じるかという問いです(ヨハ6:22~59参照)。マルタの次の答えは、彼女がそれらすべてを理解できずとも、信じたことを証ししています。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」(ヨハ11:27)。 

ずいぶん長くなってしまい、また終わりには、これまで何度も取り上げたテーマに行き着いていますが、あなたにも真剣に考えてもらいたいからです。世界中のカトリック信者は、ミサの中で司祭が奉挙するご聖体を前に、「主よ、わたしはあなたをお迎えするにふさわしい者ではありません。おことばをいただくだけで救われます」と唱えて、ご聖体を拝領しに出ていきますが、それは信者にとって相応しいこととして満足できるのでしょうか。 

イエスがご自身から出向いてきても、その謙遜ゆえにけして自分の家に彼を迎え入れることがなかった百人隊長の信仰を、それでもイエスは、「言っておくが、イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」(ルカ7:9)と言って褒めました。それは、彼に従ってくる群衆を前にしていたからです。しかし、最期の食事の前に、ペトロの足を洗おうとするイエスに対して「わたしの足など、決して洗わないでください」(ヨハ13:8)と言ったペトロの謙遜を、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」という言葉によって、イエスは、厳しく退けました。神の謙遜を前にして、人の謙遜は、むしろ神との関わりを断つことになります。実際に百人隊長の謙遜は、彼の僕や家族がイエスに出会う機会を奪うことになったのです。 

現代のわたしたちにとって、ご聖体が「神の子、キリスト」であることを告白すること、声に出して告白することが必要ではないでしょうか。信者の内奥には、ご聖体に向かって、「あなたは神の子、キリストです」と告白したいという望みがあるのです。どうか、考えてみてください。 

Maria K. M.






 2024/12/23


175. 預言された者 その1

前回考察したように、サン・ダミアーノの十字架像に聖フランシスコが預言されていたのであれば、その理由がヨハネ福音書の中に隠されているはずだ。そして、この十字架像のイエスがご聖体を表しているならば、それは復活したイエスを表しているのだから、ここに描かれた場面は、イエスの復活の場面に関わっている。その最初の場面は、「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。『主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません』」(ヨハ20:1~2)である。 

マグダラのマリアと「イエスが愛しておられたもう一人の弟子」は、その二日前にイエスの母とクロパの妻とともに十字架のそばに立ち、イエスのわき腹から流れ出た血と水を浴びて、新しい契約の締結と教会誕生の証人となっていた(ヨハ19:25~35参照)。マグダラのマリアが知らせに走る場面で、ヨハネ福音記者が、まずシモン・ペトロの名を挙げたのは、その次の場面で、ペトロより速く走って、先に墓に着いた「もう一人の弟子」が、中に入らずペトロを待っていたのと同じ理由である。ヨハネ福音記者には、天の父とイエスから、ペトロが教会の頭として選ばれたという意識があったのだ(マタ16:17~19参照)。そして、その出来事とともに、このときからイエスが打ち明け始め、何度も語ったご自身の復活について、使徒たちが覚えていないわけはなかった。 

イエスが蘇らせたラザロのケースを思い出せば、墓にイエスの体を包んでいた亜麻布と頭を包んでいた覆いが残っているのは、さすがに奇妙だと感じただろう。また、地震や天使、白い長い衣や輝く衣を着た人の出現を書いた他の福音書と異なり、ただ空になった墓を見ただけでは、「もう一人の弟子」も遺体が取り去られたと考えるよりなかった。「墓から取り去られました」と言ったマグダラのマリアの言葉を信じたのだ。しかし彼は、ペトロに意見を尋ねることはできなかった。木曜の夜、捕らえられたイエスを三回否んだペトロの体験を鑑みれば、それは当然の思いである。サン・ダミアーノの十字架像の下方、イエスの左膝下の横に描かれた雄鶏は、「あなたのためなら命を捨てます」(ヨハ13:37)と言ったペトロを、イエスがみ言葉によって守ったしるしである(13:38参照)。 

ただ、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」(20:9)ということは確かであった。それはイエスが、「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」(16:13)と言っていたからだ。ペトロと「もう一人の弟子」は、イエスの遺体が取り去られたことについて他の使徒たちと相談するために「家に帰って行った」(ヨハ20:10)。彼らは墓に番兵を置いた祭司長たちを恐れていたのである(マタ27:62~6628:11~15参照)。 

一方、マグダラのマリアは一人残り、墓の外で泣いていた。そこに復活したイエスが現れた。このとき、園丁だと思った彼女には、「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」(ヨハ20:15)と言うだけの気力と熱い望みがあった。「わたしが、あの方を引き取ります」という望みは、彼女固有の召命を表していた。そして、彼女が引き取ると言ったイエスの遺体には、4つの釘の跡と、わき腹の傷があったのである。 

サン・ダミアーノの十字架像の左端に小さく首から上だけ描かれた男、預言された者、第三のヨハネであるフランシスコは、眼を見開いて十字架上のイエスを凝視している。後に聖痕を受けたフランシスコは、「わたしが、あの方を引き取ります」と言ったマグダラのマリアの言葉を、身をもって実現した。フランシスコは、マグダラのマリアと同じ召命に呼ばれていた。 

つづく 

Maria K. M.


 2024/12/16


174. 三人のヨハネ

サン・ダミアーノの十字架像には、特徴的な三人の男が描かれている。上部に描かれた封印のついた巻物を持つ黙示録の著者ヨハネ、中央の十字架像の右側にイエスの母とともに描かれた使徒ヨハネ、そして、十字架像の左端、百人隊長の後ろに小さく首から上だけ描かれている男である。これら三名の男たちは、他の人物にはない特徴ある額のかたちで描かれている。 

封印のついた巻物を持つ黙示録の著者ヨハネの描写は、黙示録に注意を向けさせるためであった(本ブログ№161参照)。イエスの母とともに描かれた使徒ヨハネの描写には、司祭職と司祭が描かれている(本ブログ№166参照)。それでは、百人隊長の後ろにいる第三の男は誰で、彼のテーマは何であろうか。 

まず、そこに描かれている百人隊長は、キリスト教を受け入れたローマ帝国を表している。ローマ帝国に根付いたキリスト教は、西ローマ帝国の滅亡からローマを守った。800年後、キリスト者となることが当たり前の場所と時代にフランシスコは生まれた。当時、ギリシア哲学、特にアリストテレスの教えがカトリック教会に影響を与えつつあった。 

一方、フランシスコ自身は、学問的な影響をあまり受けることなく、教会の教えに対する素直な信仰と簡素な生活を重視していた。サン・ダミアーノの十字架像から、ヨハネ福音書と黙示録を授かったフランシスコを、聖霊が導いて真理をことごとく悟らせようとしていたからだ。サン・ダミアーノの十字架像は、フランシスコが誕生し、やがてそれを見に来ることを預言して彼を待っていた。第三の男は、彼もまたヨハネの名を持つ、本名ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ、すなわち聖フランシスコである。この男の後ろには、彼に従う人々の頭部らしきものが描かれている。 

サン・ダミアーノの十字架像に描かれたヨハネ福音書の描写は、神の国の到来を告げたイエスの血による新しい契約の締結とともに誕生したイエスの教会が、その使命を達成した場面に見える。入信することでキリストの救いの業を継承する信者は、完成したミサ典礼の中で、ご聖体を囲んで、司祭と、会衆という立場を取り、さらに、神の独り子を授かった聖家族、マリア、ヨセフ、イエスにあやかる3つの召命を持っている。 

フランシスコにとっての課題は、十字架像に描かれたヨハネ福音書の描写が実現するために、まず、「イエスの召命」を、身をもって表現することで、十字架のそばに生まれた教会の召命をあらわにすることにあった。しかし彼は、教会の勧めに従って助祭職を受け入れた。教会を愛していたからだ。教会の召命は聖家族に根ざしている。フランシスコの視点はおのずとご降誕の馬小屋に向かった。 

「飼い葉桶の上で荘厳なミサがあげられ、フランシスコは助祭として、聖福音を朗読した。それから、周囲に立っている人々に向かって、貧しい王の誕生に関して説教を行ったが、その方の名を呼ぶときには、やさしい愛をこめて、ベトレヘムのみ子、と呼ぶのであった」(『ボナヴェントゥラによるアッシジの聖フランシスコ大伝記』)。 

つづく 

Maria K. M.


 2024/12/09


173. 小さな巻物

サン・ダミアーノの十字架像の前で、聖フランシスコは真理を受け取った。一つは、ヨハネ福音書から、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハ14:6)というイエスの言葉を悟り、共観福音書をはじめとした新約聖書を、ヨハネ福音記者の視点で読むことであった(本ブログ№169参照)。もう一つは、黙示録を朗読し、それを聞くことで、イエス・キリストの世界観を暗黙知として彼の記憶に蓄積していくことだ。黙示録を読んだフランシスコは、そこに書かれたことを素直に実行したにちがいない(黙1:3参照)。それは、啓示を新約聖書から直接受け取ることを助ける。黙示録には、新約聖書が伝える啓示と預言の内容が織り込まれているからである(下図「ヨハネの黙示録の預言的構成」参照)。そこで彼は、いつも「命である」ご聖体に向かっており、司祭職を尊び、聖書に関して博識であった。そして、十字架像に描かれたご聖体のイエスと、その右と左に分かれて描かれた人々、すなわち教会の召命が、頭から離れなかったに違いない(本ブログ№166参照)。 

以下は、ヨハネ福音記者の視点で新約聖書を読むことの一例である。十字架上のイエスが息を引き取る直前の言葉を各福音書から拾い、時系列に並べると、そこに筋の通った物語が出現する。この物語は、三共観福音書に書かれたイエスの最期の食卓の聖体制定の場面を、それを書かなかったヨハネ福音書の十字架のそばで起こった事柄とつなげ、ご聖体と司祭職の行方、神の国の到来と新しい契約の締結、そして、イエスの教会の誕生を証しする。 

イエスは十字架上で最期を迎えた時、新しい契約のために御父がその当事者たちを引き寄せるのを待っていた。御父が引き寄せなければ誰もイエスのもとへ来ることはできないからだ。彼は嘆願の叫び声をあげた。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタ27:46、マコ15:34)。この叫びは、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23:46) という祈りになった。 

遂に、十字架のそばに御父が引き寄せた人々が集まった。イエスの母、クロパの妻マリア、マグダラのマリア、そして使徒ヨハネである。ここでイエスは、神の子イエスと共に彼の司祭職も受け取った母マリア(本ブログ№167参照)と使徒を、親子の絆で結んだ。それは、前晩にイエスから「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)と命じられた言葉を実現するために、使徒たちが司祭職解けない絆で結ばれた保証であった。「そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った」(ヨハ19:27)とあるとおり、使徒は司祭職を受け取ったのである。 

この事実は、黙示録に、「女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女は蛇から逃れ、そこで一年と二年と半年の間、養われることになっていた」(黙12:14)と書かれたことと合致する。「女」は司祭職である。「鷲」はヨハネ福音書を指している。「荒れ野」とは、イエスの母と解けない絆で結ばれた使徒たちの記憶だ。こうして、使徒たちの記憶に隠された司祭職は、「人間の情報」(「蛇」)から逃れ、相応しい時まで養われることになっていたのである。 

「この後、イエスはすべてのことが今や成し遂げられたのを知り」(ヨハ19:28)、「渇く」と言って酸いぶどう酒を受けた。それは、「言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい」(ルカ22:18)と言ったイエスが、「神の国」が到来したことを告げたのだ。そして、「成し遂げられた」(ヨハ19:30)と言い、「息を引き取られた」(マタ27:50、マコ15:37、ルカ23:46、ヨハ19:30)。その後、イエスのわき腹から流れ出た血と水は、御父が引き寄せた人々の上に降りかかり、「わたしの血による新しい契約」(ルカ22:20)が締結されたことを証しし、同時にイエスの「教会」を生み出した(ヨハ19:34~35参照)。 

このように、フランシスコがサン・ダミアーノの十字架像から受け取ったヨハネ福音書と黙示録の真理は、新約聖書の中で御言葉が生きていることを表している。彼は、黙示録の著者ヨハネがしたように(黙10:10参照)、十字架像の上端に描かれた小さい巻物を小羊の手から受け取って、食べてしまったのだ。 

つづく 

Maria K. M.




 2024/12/02


172.

前回、聖フランシスコの小品集をもとに、人の意志について考察した。創世記の記述に照らすと、神は、ご自分に似せて人を創造するために、人に意志を与えた。人の意志は、神が吹き入れた「命の息」である人相応の「神の自発性」と、神が「命の木」として生え出でさせた「神の知識」が結びついて発現し、それは、神の似姿に創造された人の自由意志になるはずであった。「神の自発性」である「命の息」が、「自由」の源泉だからである。しかし人は、「命の木」からは取って食べず、かえって禁じられていた「善悪の知識の木」から取って食べたため、「神の自発性」と「人の知識」を結び付けて意志を発現することとなった。「人の知識」は、受け取る人によって善にも悪にもなる「人間の情報」によって進化する。このため、人の意志は善悪の知識の縛りを受けて、「神の自発性」の自由を発揮することができない。こういう訳で、人には、神がご自分に似せて人を創造するために望んだ自由意志が発現しないのである。 

イエス・キリストは、「神の自発性」と「神の知識」が一つになって発現している完全な自由意志を持つ神が人となった方である。イエスの到来は、旧い契約のもとで、人相応の「神の自発性」に「人の知識」を結んで意志を発現して生きていた人々に、神が望んだ自由意志を、人が発現することができることを証しした。しかしながら、人相応であっても、「神の自発性」に、それとは全く不釣り合いな「人の知識」を結び付けて意志を発現している多くの人々、ときに死と背中合わせになるような矛盾を抱えて生きる多くの人々は、イエスの勧めに抗い、しまいには憎んでイエスを殺そうとするようにまでなった。神であっても完全に人でもあったイエスは、その制約の中で、弟子たちと後に降臨する聖霊のために、神の計画を成し遂げていった。 

「わたしは、どのような人々を選び出したか分かっている」(ヨハ13:18)と言ったイエスは、ご自分の弟子たちが、聖霊降臨後に、聖霊と協働するために必要なすべてを準備した。人は聖霊と協働することによって初めて自由な意志を手にすることができるからである。イエスは、まず、その記憶に残るように弟子たちの知識に感覚を通して御言葉を挿入し続けた。聖霊に触れられた時それを思い出すためである。聖霊に触れられた感覚は、「神の無情報」、すなわち、ご聖体からパンとぶどう酒の情報を除いたものと接触する感覚である。信者は、聖体拝領において、「神の無情報」に触れられた感覚を体験する。 

神から授かった自発性の自由が、「意志」において発揮されるために、ふさわしい知識を人の脳の中に直接もたらすことができるのは、物理的な体をもたない聖霊がその人と協働する時である。ゆえにイエスは、「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る」(ヨハ16:7)と言ったのである。聖霊は、私たちの抱えている矛盾を、私たちの内奥から私たち自身に知らせ、私たちが陥る自身への裁きの弁護者となってくださる。 

イエスは、ご自分が選んだ弟子たちが、弁護者である聖霊を受け入れるようになるまで、神の啓示と「人間の情報」を区別することを訓練した。その訓練を未来のキリスト者たちのために再現するのが、ヨハネの黙示録である。黙示録を声に出して読み、その声を聴く訓練は、信者が、聖霊の働きと「人間の情報」を区別することを感覚的につかむことを可能にするだけではない。新約聖書が伝える啓示と預言の内容を織り込んだ黙示録は、信者が、この世に現れたイエス・キリストの世界観を無意識的に、暗黙知として得ることを可能にする。人の意識の中だけでは、神であるイエス・キリストの世界観を収めることができないからだ(下記図参照)。黙示録は、聖霊と出会うすべての場面で、聖霊が働く「神の現実」に自らを最適化することができるように信者を準備する。 

聖フランシスコは、ヨハネの黙示録を読み込んでいたことが、彼の書き物からうかがい知ることができる。しかし、多くの人々は、彼の言動の内に、サン・ダミアーノの十字架像から彼が授かったヨハネ福音書と黙示録の真理があることに思い至らない。フランシスコが神のみ手に運ばれるようになったからである。「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである」(ヨハネ3:8)。 

つづく 

Maria K. M.




 2024/11/25


171. 自分の意志

『アシジの聖フランシスコの小品集』(庄司篤訳、1988年、聖母の騎士社)の第一章「訓戒の言葉」の第2のテーマ、「我意の悪」は、次のとおりである。 

「神は人に仰せになりました。『園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木から決して食べてはならない』(創2:16~17参照)。人は、従順に背かない限り、罪を犯すことはなかったので、楽園のすべての木から食べることができました。実に、次のような人こそ、善の知識の木から食べているのです。すなわち、自分の意志を己のものとし、自分の中で神が語ったり、行ったりされる善について誇る人です。このようにして、悪魔のそそのかしと、掟の違反とによって、悪の知識の木の実になります。それで、罰を受けなければならないのです」(『アシジの聖フランシスコの小品集』の第一章「訓戒の言葉」、テーマ2「我意の悪」、p31参照)。 

神は、ご自分に似せて人を創造するために、人に意志を与えた。「命の息」を吹き入れ、園の中央に「命の木」を生え出でさせたのだ。「人は、従順に背かない限り、罪を犯すことはなかったので、楽園のすべての木から食べることができました」とフランシスコが書いた通りである。しかし、人と人の間にすでに「情報」が発現しており、人は神の命令とは異なる認識をしていた。「園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない」(創3:3)と捉えていたのだ。それで、「命の木」から取って食べなかったために、「命の息」と「命の木」は結ばれることがなく、人は神が与えた意志を自分のものにすることができなかった。かえって、「善悪の知識の木」から取って食べたことによって、「人間の情報」によって進化する人の知識を「命の息」と結んで「自分の意志」を得たのである。その知識は確かにその人のものであるが、自発性は神のものである。 

一方、聖霊は、協働しようと信者に常に働きかけている。その力に触れた信者の中には、「自分の中で神が語ったり、行ったりされる善について誇る人」が出てくる。「自分の意志を己のものと」しているからである。このような人の実りは、信者であっても「悪の知識の木の実」になる。それで、罰を受けることになる。しかし、すべての救い主である神は、罪とも罰とも無関係である。社会倫理や規則など、すなわち人の知識がその人を罰するのである。 

神は、ご自身に似せて創造した人の「自分の意志」の自由を保証している。しかしそれは、神が人に自由意志を授けたということではない。神が人に授けたのは、人相応の「神の自発性」である。それは、「命の息」(創2:7)であった。これを神から吹き入れられたことによって、また、この自発性が「命の木」と結ばれることによって、人は神の似姿として生きるようになるのである。自由は神の自発性にある。「意志」は神の与えた自発性と知識の、いわば化合物のようなものだ。そこで、「意志」において神から授かった自発性の自由が発揮されるためには、それにふさわしい知識と結ばれなければならない。それは、神の啓示以外にはないのである。 

フランシスコは人の知識が善悪であることを知っていた。それは、人と人の間に発現する「人間の情報」が、受け取る人によって善にも悪にもなるのを見たからである。この「人間の情報」を、神から与えられた自発性と結んでも、善悪の縛りを受けて、自由な意志となることはない。神の啓示は神の知識であり、イエス・キリストの御言葉であり、真理である。イエスが「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハ8:31~32)と言ったとおりである。 

信者がイエスの言葉にとどまるために、信者を導いて真理をことごとく悟らせてくださる「真理の霊」(ヨハ16:13)である聖霊は、いつも信者と共にいる。ゆえに、信者が聖霊と協働する時にこそ、そこに自由意志が発現すると言える。前回の考察で、フランシスコがそうであったように、神の啓示と「人間の情報」を区別すること、すなわち聖霊の働きと「人間の情報」を区別することを知っていることは、その前提条件である。そのためにヨハネの黙示録が新約聖書にある。 

つづく 

Maria K. M.

 


 2024/11/18


170. 最適化

前回、『アシジの聖フランシスコの小品集』(庄司篤訳、1988年、聖母の騎士社)の第一章「訓戒の言葉」の最初のテーマ「主の御体」で考察したように、聖フランシスコは、ヨハネ福音書から御父の愛とご聖体についての特別な理解を得ていた。一方、同じ「訓戒の言葉」の第2のテーマ、「我意の悪」では、創世記の「善悪の知識の木」へとその関心が向いている。それは、フランシスコが、ヨハネの黙示録の影響を強く受けていたことを物語っている。 

それまでの黙示文学に類を見ない特異な構造を持ち、その冒頭から「イエス・キリストの黙示」(黙示録1:1)とはっきり宣言しているヨハネの黙示録は、啓示の書、預言の書でありながらも(下記図参照)、信者の日常の訓練の書でもある。その訓練の方法は、黙示録1:3に示されたように、信者が、この預言の言葉を朗読し、自分の声を聞いて、中に記されたことを記憶に保持していくことを繰り返すことによって、信者の内に、いわばコンピュータプログラムのループ構造を作ることだ(本ブログ№151参照)。この構造は、派遣の祝福によってミサ典礼が終わった後から次のミサまでの信者の日常のルーティンを支えるのである。 

訓練の書としてのヨハネの黙示録の第一の目的は、この日常のルーティンにいる信者が、まず黙示録に描かれた「人間の情報」を感覚的に捉えて、聖霊の働きと区別する習慣を身に着け、それを記憶に保持することである。そこで黙示録には、竜、蛇、悪魔、サタン、全人類を惑わす者といった「人間の情報」を表す言葉が、繰り返し出てくる。信者は、黙示録を朗読して聞くことを反復するうちに、いつしかこれらの言葉のイメージが退き、「人間の情報」を直接感じられるようになっていく。この感覚は、ミサ典礼における日常のルーティンを生きながらも、この世で「人間の情報」の只中にいる信者が持つ願いを、強力にバックアップする。それは、出会うすべての場面で、聖霊が働く「神の現実」に自らを最適化させ、聖霊と協働したいという切なる願いである。黙示録は、そのためのシミュレーションになっているのだ。 

以上のような理解のもと、黙示録の「年を経た蛇」(黙12:9,20:2)という言葉をヒントに創世記3章を振り返る時、そこに、すでに同種の生き物の間にそれ相応に情報が発現していたこと、その中で最も賢いのは人間の間に発現した情報であったことが見えるようになる(創3:1,3:14参照)。他を凌駕する「人間の情報」が高度に発達したのは、神がご自分に似せて人を創造するために、人に意志を授けたからである。全聖書は、御父である神が、ご自身に似せて創造した人の「自分の意志」(注)の自由を保証しているということを、常に訴えている。この観点から創世記3章を読むとき、そこに我が子たちの過ちに対処する御父の姿を見出す。それと同時に、その御父の姿と、御父の御心を成し遂げるイエス・キリストの姿が重なって見えるようになる。

(注)『アシジの聖フランシスコの小品集』p31「我意の悪」参照 

それは、信者が、「こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた」(創3:24)という御父の姿が、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハ14:6)と言ったイエス・キリストの姿と一つであったと実感する時である。そして、この善い知らせを世にもたらすために、人々の内に今も残る「善悪の知識の木」から取って食べたという記憶に取り組もうと、「善悪の知識の木」に関心を向けるのである。 

フランシスコの時代には、「情報」という特別な概念がなかった。『アシジの聖フランシスコの小品集』には、その時代にあって、なんとかして自分が授かった啓示によって、「人間の情報」に対峙しようとするフランシスコの姿が見える。その姿は、すでに彼自身が、聖霊の働きと「人間の情報」を区別する習慣を身に着けていたことを証ししている。実際に「我意の悪」のテーマの中でも、また、他の箇所でも、彼が引用した「悪魔」や「サタン」を、「人間の情報」と置き換えても、その文脈が成り立つことからも、それを伺い知ることができる。その一方で彼は、さまざまな問題について、当時の教会の教えに従って理解しようとしたのである。 

つづく 

Maria K. M.




 2024/11/11


169. 暗黙知

聖フランシスコの時代に教会ではご聖体への関心が高まり、新しい修道生活の形態が起こっていた。このような折に、聖霊がフランシスコを導いて、サン・ダミアーノの十字架像から、ヨハネ福音書と黙示録の真理を悟らせたとすれば、それは時宜に適っていたにちがいない。しかし、神の啓示を授かる者は、たとえ聖霊と協働している瞬間であっても、ベースはこの世を旅する生身の人であって、黙示録の著者ヨハネが、「ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分の見たすべてのことを証しした」(黙示録1:2)と書いたように、その人が見たこと以上のことは伝えてこない。そのことを念頭に、フランシスコに直接関係する資料、『アシジの聖フランシスコの小品集』(庄司篤訳、1988年、聖母の騎士社)を手掛かりに、彼の悟りを考察したい。 

第一章「訓戒の言葉」の最初のテーマ、主の御体」が、ヨハネ福音書の言葉で始まることは注目に値する。フランシスコは、初めに「主イエスは弟子たちに仰せになります」と書いて、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ14:6)という句から、イエスとフィリポのやり取りを経て、「わたしを見た者は、父をも見るのである」14:9というところまでイエスの言葉を引用した。そこから彼は、「御子は、御父に等しい方ですから、御父または聖霊を見るのと同じようにしなければだれもその神性を見ることはできません」(『アシジの聖フランシスコの小品集』p29)という結論に導く。 

それは、「主イエスを人間としてだけ見て、その霊と神性において、主がまことの神の子であることを見も、信じもしなかった者は皆、罪に定められました。今もこれと同じように、主の言葉によって祭壇上で、司祭の手を通して、パンとぶどう酒の形色のもとに聖別される秘跡を眺めながら、その霊と神性において、それが本当に私たちの主イエス・キリストのいと聖なる御体と御血であることを見も、信じもしない者は皆、既に罪に定められています」(p29)と諭すためであった。彼は、すでに罪に定められている者のように生きる多くの人を、実際に見ていたのだ。 

一方、彼自身は、「御覧なさい。主は、天の玉座から処女の胎内に降られた時と同じように、毎日へりくだられるのです。毎日謙遜な姿で私たちのところにおいでになるのです。毎日御父の懐から祭壇上の司祭の手のなかにお降りになるのです。かつて主は、まことの肉のうちにご自身を聖なる使徒たちに示されたように、今は聖なるパンのうちにご自身を私たちに示されます」(p30)という境地にいて、「使徒たちは、肉眼では主の肉だけを見ていましたが、霊的な眼で観想し、主が神であることを信じていました。それと同じように、私たちも、肉眼でパンとぶどう酒を見て、これこそキリストのいと聖なる生けるまことの御体と御血であると悟り、堅く信じましょう」(p30~31)と勧めている。この勧めを、フランシスコは自身にも課していたに違いない。しかし、この勧めは、「御子は、御父に等しい方ですから、御父または聖霊を見るのと同じようにしなければだれもその神性を見ることはできません」という結論を持っていた彼にとって難しかったと思う。 

イエスは、群衆に向かって、「また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。また、あなたたちは、自分の内に父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになった者を、あなたたちは信じないからである」(ヨハネ5:37~38)と言っている。 

「わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる」という言葉が実現したのは、イエスがペトロに次のように言った場面である。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」(マタイ16:17)。それはペトロがイエスに向かって「あなたはメシア、生ける神の子です」(16:16)と答えた言葉による。この言葉が「わたしの天の父」が現した言葉であった。この言葉を発したペトロ自身も、またそれを聞いた他の弟子たちも、自分の内に御父の言葉をとどめた。彼らは、「父がお遣わしになった者を」信じていたのである(ヨハネ17:8参照)。 

「あなたはメシア、生ける神の子です」という天の父が現した言葉は、これを聞く者の内にとどまる。そこで、ミサ典礼に集う信者は、司祭が示すご聖体に向かって、司祭と共に、天の父がペトロに現したこの言葉を声に出して宣言し、司祭から手渡されるご聖体を取って食べるとき、「これこそキリストのいと聖なる生けるまことの御体と御血であると悟り、堅く信じましょう」と言ったフランシスコの勧めに応えることができる。 

さらに天の父が現した言葉は、その言葉を声に出して宣言し、それを聞く信者の記憶に、暗黙知を形づくっていく。これが、イエスがペトロに、「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない」(マタイ16:18)と言った岩である。 

つづく 

Maria K. M.


 2024/11/04


168. 違和感

ローマ帝国に根付いたキリスト教は、西ローマ帝国の滅亡からローマを守った。そうしながら、およそ800年かけて準備された歴史の中に、聖フランシスコは登場した。彼の人生は、さらに800年後の私たちのために、今もシグナルを発している。 

イエスは、最期の食卓で使徒たちに、女が子供を産むときのたとえを語り、一人の人間が世に生まれ出た喜びに言及した。続けて、「わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない」(ヨハネ16:22)と言って、ご自身の復活と同時に、ご聖体の誕生を予告した。そして、「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる」(16:23~24)と保証した。教会はこの世で最高のものを願って、「主イエス・キリストの御からだと御血になりますように」と祈り、イエスのこの言葉に応えてきた。 

ヨハネ福音書において、マリアは、司祭職そのものになるために、イエスから「母」と呼ばれることはなかった(ヨハネ2:419:26参照)。そして、十字架上のイエスの言葉によって「イエスの母」と親子の絆で結ばれた使徒は、司祭職と結ばれたのである。「そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った」(19:27)とある。そこには、クロパの妻マリアとマグダラのマリアもいた。サン・ダミアーノの十字架像はまさにこの場面を描いた。ここから、聖フランシスコが何かを悟ったのである。助祭職を受けた彼は、自身を「聖職者」と呼んでいることからもわかるように(注)、司祭職に向かう路線の上に立った。しかし、彼が司祭になることはなかった。

(注)『アシジの聖フランシスコの小品集』(庄司篤訳、1988年、聖母の騎士社)P. 289参照 

フランシスコは、教会への愛のために助祭に叙階されたことによって、違和感を抱え、それはやがて矛盾となって苦しんだのではないか。彼がこの矛盾を背負って生きる姿に、「イエスの召命」の存在が見える。彼の弟子たちの多くが離れ去り、もはや彼と共に歩まなくなったことがそれを物語っている(ヨハネ6:66参照)。それは、同時に、「『あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした』と言われたイエスの言葉が実現するためであった」(18:9)とある、受難に臨むキリストの姿でもあった。御父のみ手は、イエス・キリストと完全につながるぶどうの枝を、「いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」(15:2)。そのみ手がフランシスコに臨み、彼は、そのみ手に自身を委ね、徹底的に清貧を生きて応え続けた。 

私見であるが、フランシスコに臨んだ御父のみ手は、彼が教会への愛のために受け取った助祭叙階の秘跡を無効にし、彼に初めから授けていた「イエスの召命」を戻してくださるための愛であったと思えてならない。彼は、やはり、サン・ダミアーノの十字架像の前で、「イエスの召命」を受け取っていたのだ。 

つづく 

Maria K. M.


 2024/10/28


167. 召命 

前回の考察の結果は、大変興味深いもので、聖フランシスコが助祭職を受けた理由が分かる気がした。ヨハネの福音書と黙示録を題材にしたサン・ダミアーノの十字架像に呼ばれた彼は、無意識の内に自分が「イエスの召命」を持っていると感じていたのではないだろうか。それは、イエスが天の国のために自ら独身となった者として生き、「御父」に対して最期まで「子」であり続けることで残した「イエスの召命」である。 

イエスに倣って天の国のために自ら独身を生きる召命に恵まれた者は、自分にそれがあることが分かる。イエスが、「これを受け入れることのできる人は受け入れなさい」(マタイ19:12)と言った言葉は、この召命を自分が持っていることを受け入れた男女の信徒が、自由にそれを生きることができることを保証している。「イエスの召命」は、それを受け入れた者を、イエスのように、「神の国」のありかを告げる「恵まれた者」(19:11)にする。しかし、男性であったフランシスコは、教会が彼を司祭職へ招くことによって大いに苦しむことになる。彼は、自分の内にすでにあった「イエスの召命」への愛と、教会への愛との間で板挟みとなったからだ。司祭職への招きは、「マリアの召命」を受け取ることへの招きであり、両者は異なる召命である。 

イエスの司祭職は、その母マリアが天使のお告げに答えたことに始まった。マリアは、イエスと共に彼の司祭職も受け取ったのである。ヘブライ人への手紙に、「また、この光栄ある任務を、だれも自分で得るのではなく、アロンもそうであったように、神から召されて受けるのです。同じようにキリストも、大祭司となる栄誉を御自分で得たのではなく、『あなたはわたしの子、わたしは今日、あなたを産んだ』と言われた方が、それをお与えになったのです」(ヘブライ5:4~5)と書いてあるように、イエスは、神から召されて受けるこの光栄ある任務を、いわば母マリアから受けたのである。そこでイエスは、母のために「最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された」(ヨハネ2:11)。水がぶどう酒に変わったこのしるしは、次に、ぶどう酒が御血に変わる前表であった。マリアは、天使を前に「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1:38)と言った言葉を、まさに生涯をかけて生きていたのである。イエスは、そのマリアの願いが御父に向かっていたことを知っていた。 

イエスが行った聖体制定によって、パンとぶどう酒が、キリストの体と血になったご聖体が、イエスと共に最期の食卓を囲んだ使徒たちに食べられ、飲まれたことによって起こったご聖体の誕生と死は、イエスの誕生と死の現実の再現であった。イエスは、「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)という御言葉によって、この業を未来も継続するように命じた。イエスを産み、イエスの十字架上の死を体験し、イエスの誕生と死を完全に共有した唯一の人である母マリアの現実は、聖霊と協働してご聖体を生み出し、その誕生と死を共有する司祭たちの体験の源であり、新しい契約の司祭職である。イエスは、十字架上で、母と使徒を親子の絆で結んだ。それは、使徒が、聖霊が降り、いと高き方の力に包まれてマリアが受け取ったイエスの司祭職と、未来永劫結ばれたことのしるしである。ゆえに、司祭は、「マリアの召命」を持っている。 

イエスは最期の食卓で、「マリアの召命」を受ける使徒たちの願いが、ご自身から(ヨハネ14:13~14参照)、聖霊へ(15:7~16参照)、そして、御父に向かうまで彼らを導いた(16:21~27参照)。そして教会は、イエスのこの導きに応えた。司祭は、ミサ典礼の中でパンとぶどう酒を前に、「主イエス・キリストの御からだと御血になりますように」と祈る。使徒たちの役務を受け継ぐ者である司祭だけができるその祈りを、司祭は、生涯をかけて捧げるのである。ご聖体は、ご自身が食べられて死ぬという業によって、「彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです」(ヨハネ17:19)というイエスの言葉を実現しながら、司祭たちの祈りを支え続けている。 

つづく 

Maria K. M.


 2024/10/21


166. 神の似姿

サン・ダミアーノの十字架の中央のイエスはご聖体を表している。その右側には、司祭職(イエスの母)と、それと分かたれない絆(親子の絆)で結ばれた司祭(愛する弟子)がいる。ご聖体を挟んで左側には、既婚の信徒(クロパの妻マリア)と、独身の信徒(マグダラのマリア)がいて、彼らの左には、キリスト教を受け入れ、真摯な眼差しをご聖体に向けるローマ帝国(百人隊長)が置かれている。これは、おもにヨハネ福音書の場面を題材にしている。十字架像全体は、幸いと平和に満ちている。 

百人隊長を除く4人は皆、キリストの名を自分の十字架として背負っているキリスト者である。彼らは、イエスの名によって遣わされた聖霊と協働して、イエス・キリストをこの世に再び現す使命を帯びている。サン・ダミアーノの十字架には、この使命が、教会を構成する司祭と信徒という二つの立場として、イエス(ご聖体)を中心に左右に配置されている。「神の国」を世に現す教会の使命は、これら二つの立場を一つに包み、覆う、聖霊の力を見えるようにすることにある。それは、ミサ典礼の中で、祭壇とご聖体を囲んで立つ司式者と会衆として具現化する。さらに、これら二つの立場は、三つの召命によって構成されている。 

イエスは、およそ30歳で宣教を始め、受難を通って、十字架上で母を使徒に与え、ご自身の死によって聖家族を一時的に解消した。そして、わき腹から流れ出た血と水によって、聖家族の構成を持つ教会を新たに生み出した。 

イエスの十字架のそばにいた人々は、「愛する弟子」を除いて女性ばかりであった。しかし、彼女たちの名の後ろには、既婚の男性の信徒と独身の男性の信徒が隠れているのである。当時、女性たちは社会的にあまり目立たず、ローマ兵やユダヤ宗教指導者たちの監視が厳しくなかったため、十字架のそばにいることが比較的安全だったと考えられる。イエスの復活後も、番兵がいたにもかかわらず、「マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った」(マタイ28:1)と書かれている。 

マリアは、天使が、「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む」(ルカ1:35)と告げた言葉を承諾し、イエスの母となった。イエスは昇天を前に使徒たちに、「わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい」(24:49)と命じた。彼らは、イエスの言葉を承諾し、イエスの祝福を受けた。このように、司祭は、聖霊によって高い所からの力に覆われることによって、聖霊と協働して「キリストの体」の母となることができる。これこそが司祭職であり、ゆえに司祭は、男性でありながらマリアの召命を持っているのである。「『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(マタイ1:23)とあるマタイ福音書の証しが、イエス昇天後も実現し続けるためには、聖霊と協働するマリアの召命が必要である。この召命は「聖霊」のポストに対応する。 

イエスは、生涯独身を生きることによって、「御父」に対して「子」であり続けた。その証人となる信徒は、イエスに倣って生涯独身で生きることができる。イエスが、「これを受け入れることのできる人は受け入れなさい」(マタイ19:12)と勧めたように、天の国のために独身を生きるその人には、自分がイエスの証人であることが分かるのである。彼らは、「神の国」のありかを告げる「恵まれた者」(19:11)なのだ。イエスが、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」(ルカ18:16)と言ったように、神の国は「子供たち」のものである。彼らはまさしく独身者であり、「神の国」は、彼らと共にある。このように独身の男女の信徒は、イエスの召命を持っている。この召命は「子」のポストに対応する。 

ヨセフは、主の天使が夢に現れて言った言葉を承諾し、妻マリアと胎内の子イエスを迎え入れた。その言葉は次のとおりである。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(マタイ1:20~21)。彼がマリアとイエスを迎え入れた時、彼は、彼自身の召命を受け取った。そして、聖家族が世に現れたのである。ヨセフは、既婚の男女の信徒を表している。彼らは、教会の召命を持つ者、すなわちマリアとイエスの召命を持つ者たちを恐れずに迎え入れ、教会に聖家族を現わすヨセフの召命を持っている。この召命は「御父」のポストに対応する。 

このように、聖家族の構成を持った教会は、その自覚によって、三位一体の神を反映することができる。イエスは、御父に次のように切に祈った。 

「あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります」(ヨハネ17:22~23)。 

つづく 

Maria K. M.



 2024/10/14


165. 時差

第二バチカン公会議の典礼改革によって、ミサ典礼は、司祭と信徒が祭壇を囲む様式へ移行した。これは、イエスが、「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない」(ルカ5:38)と言った「新しい革袋」への大きな一歩であった。イエスは、「わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである」(ヨハネ6:40)と言い、「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです」(17:3)と祈った。御父がイエスに託した救いの計画の中心はここにある。そこで、上記の一歩を確実に前に進めるために、神の救いの計画について、洗礼者ヨハネの生涯を追いながら考察したい。 

洗礼者ヨハネは、「彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する」(ルカ1:17)という天使のお告げと、父ザカリアの、「幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである」(1:76~77)という預言、そして、「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」(3:4~6)という神の言葉を授かっていた。彼が、エリヤの霊と力で主に先立って行き、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるのは、人が皆、神の救いを仰ぎ見るためであった。 

福音書は、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイ3:2)という洗礼者ヨハネの声を聞いて、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けたこと、ファリサイ派やサドカイ派の人々も大勢、洗礼を受けに来て彼の教えを聞いたこと(3:3~10参照)、徴税人や兵士たちにも様々な勧めをして民衆に福音を告げ知らせたことを記載した(ルカ3:7~18参照)。 

また、ヨハネはイエスに洗礼を授け、「“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た」(ヨハネ1:32)。そして、自分の弟子たちを意図してイエスに向かわせていた。「その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、『見よ、神の小羊だ』と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った」(1:35~37)とある。ヨハネは、イエスが「世の罪を取り除く神の小羊」(1:29)であり、「私よりも先におられた」(1:30)方、「聖霊によって洗礼(バプテスマ)を授ける人」(ヨハネ1:33)、「この方こそ神の子である」(1:34)と預言した。 

さらに彼は、イエスが遣わされた真の目的が、旧い契約を終わらせ、新しい契約(花嫁)を成し遂げることだと悟り、次のように言った。「花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」(ヨハネ3:29~30)。イエスが、「すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである。あなたがたが認めようとすれば分かることだが、実は、彼は現れるはずのエリヤである」(マタイ11:13~14)と言ったように、「わたしは衰えねばならない」と言う彼の言葉には、旧い契約の預言の終焉を背負った洗礼者ヨハネの覚悟があった。彼は、エリヤのように神への不義に挑戦し、殺された。 

イエスは、弟子たちに、「確かに、まずエリヤが来て、すべてを元どおりにする。それなら、人の子は苦しみを重ね、辱めを受けると聖書に書いてあるのはなぜか」(マルコ9:12)と問うた。この問いは、その答えを唯一知るイエスご自身が「自分の民を罪から救う」(マタイ1:21)ための、苦難と死への挑戦の言葉であった。子を見て信じる者が皆永遠の命を得て、イエスがその人を終わりの日に復活させるために、彼は「自分の民」、すなわちキリスト者の未来を、崩壊するエルサレムから救い出し、新しい都に移す計画を担っていたのだ。それは親がその子を自分の命と引き換えに救うような挑戦であった。神の子イエスは、完全な人として、ローマ帝国の刑罰である十字架刑を受けることで、ローマ帝国の額にその名を刻印したのである。 

ピラトは、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って、「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」(マタイ27:24)と言った。しかし、イエスの思いはすでにローマ帝国を捉えていた。使徒パウロは、「勇気を出せ」(使徒言行録23:11)というイエスのはげましの言葉によって、この壮大な神の計画を背負って、ローマの地を踏んだ。 

一方、ピラトの言葉に、民はこぞって答えた。「その血の責任は、我々と子孫にある」(マタイ27:25)。「その血」とは、イエスが、「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(26:28)と言った血である。神は、ご自身が選び育んだ旧約の民が、キリスト者と共に、この新しい「契約の血」の責任を担い合う日を待っている。ゆえにヨハネの黙示録には次の言葉がある。 

「都には、高い大きな城壁と十二の門があり、それらの門には十二人の天使がいて、名が刻みつけてあった。イスラエルの子らの十二部族の名であった。東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。都の城壁には十二の土台があって、それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった」(黙示録21:12~14)。 

つづく 

Maria K. M.

 


 2024/10/07


164. 配置

サン・ダミアーノの十字架の構図には、「ヨハネの黙示録の預言的構成」(下図参照)にある二つの到達点が見える。第3の預言、「新約聖書成立の預言」(4~11章)と、第6の預言、「ミサ典礼の完成の預言」(19~20章)である。その中央には、十字架につけられ、血を流すイエスの姿がご聖体を暗示している。そして、イエスの血によって結ばれた新しい契約が、「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)という御言葉によって現在化されていることが、その浮かび上がるようなキリストの体の描写に表れている。 

ここで、ご聖体を暗示した十字架のイエスの両側に描かれた4人は、ヨハネ福音書で十字架のそばにいた、イエスの母と「愛する弟子」、クロパの妻とマグダラのマリアである(ヨハネ19:25参照)。さらにイエスの左端にいて彼らに寄り添い、十字架上のキリストを見上げ、下に百人隊長と書かれている人は、改宗したローマ帝国を表している。彼の立てている三本の指は、「キリスト教的な文脈においていえば、これは『わたしはイエスが主であることを証ししている』と言う意味」(注)だという。

(注)マイケル・グーナン著、小平正寿訳(2001)『聖フランシスコに語りかけた十字架』サンパウロ, p.20 

この4人は、「ヨハネの黙示録の預言的構成」の第6の預言、「ミサ典礼の完成の預言」(19~20章)の中にいる。イエスを挟んで左右に分かれて描かれているのは、ミサ典礼における人の配置を示している。この十字架像には十字架の木がはっきりと描かれていない。キリストの体がご聖体であって、その下には祭壇があるはずだからだ。祭壇の上のご聖体として描かれたイエスの右に表されているのは、イエスの母と彼女を自分の家に引き取った「愛する弟子」である使徒、すなわち司祭職とそれを受けた司祭である。左には、クロパの妻が既婚の信者たちを表し、地名であるマグダラで呼ばれているマリアは独身の信者たちを表していると考えられる。 

ご聖体の右と左に描かれた彼らには、イエスが、「わたしの右と左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、わたしの父によって定められた人々に許されるのだ」(マタイ20:23)と言った言葉が実現している。この御言葉は、ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来てひれ伏し、「王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください」(20:21)と願った言葉にイエスが答えたものだ。権力や支配力を求めるのは、男も女も変わりはない。世界のグローバル化が進んだ現代にあっても、男尊女卑や、家父長制の伝統が残り、真の男女平等が見えにくくなっている。 

アダムは、妻をエバと名付けて支配し、権威と権力を得ようとした(創世記3:20参照)。エバは、カインが生まれると「わたしは主によって男子を得た」(4:1)と言って、自分を神聖化し権威を持とうとした。この両親のもとで、カインは妬みによって、「弟アベルを襲って殺した」(4:8)。福音書には、ゼベダイの息子たちとその母の出来事について、「ほかの十人の者はこれを聞いて、この二人の兄弟のことで腹を立てた」(マタイ20:24)とある。ヨハネは、この出来事を決して忘れることがなかったに違いない。使徒たちの間にさえ、人間関係の負の連鎖が始まるのを見たからだ。 

サン・ダミアーノの十字架像の右と左に描かれた人々は、三次元的に描けば、ご聖体とそれを支える祭壇を囲んだ構図になる。このような配置は、互いの姿を見て、「わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです」(ヨハネ17:23)というイエスの祈りを実感することを可能にする。そうすると信者たちの関係に透明性が出てきて、次第に負の連鎖を抑止する新しい人間関係が生まれてくる。教会が独特な伝統の中で隠蔽し続けてきたさまざまな事柄が、今日明るみに出されている現実が、それを証ししている。それらがあまりにも耐えがたい経験であったとしても、私たち教会は、確かに浄化の道を歩み始めている。聖体の制定が過ぎ越しの食卓を囲んで行われたからだけではなく、信者がご聖体とそれを支える祭壇を囲んで行うミサ典礼の重要性がここにもある。 

私は、第二バチカン公会議後の信者であり、ミサ典礼は司祭と信徒が祭壇を囲むこの様式しか知らない。だから、教会が皆で祭壇に向かってミサ典礼を挙行していた時代から一世紀もたっていないことを知った時は、少なからずショックを感じた。一方で、このような改革を行った教会は、「ミサ典礼の完成の預言」(19~20章)に向かって大きな一歩を踏み出していたと知って、大変うれしかった。これらを思い出し、フランシスコの時代に思いを馳せ、ずいぶんと考えさせられた。 

つづく 

Maria K. M.




 2024/09/30


163. 神の子キリストの痕跡

聖フランシスコは、サン・ダミアーノの十字架を見た。そこには、ヨハネの福音書と黙示録から多くの着想を得た神の国が描かれていた。彼が受けた神の国の真理は、800年を経た今も私たちに伝わってくる。 

サン・ダミアーノの十字架上のイエスは苦しんでいない。その姿がご聖体を暗示しているからだ。ご聖体は、信者たちに神の無情報の知を持たせる。信者たちに食べられ、「神の子キリスト」との合一体験を与え、神の無情報を体感させる。そこで信者は、ご聖体からパンとぶどう酒の味わいを切り離したところに注目し、ご聖体を拝領した無味乾燥の味を覚え、神の無情報を記憶しなければならない。そのために信者は、ご聖体を拝領するにあたって、全感覚を総動員する必要がある。まず、司祭が挙げるご聖体を見て、「神の子キリスト」であると宣言しておくことが不可欠である。これから拝領するご聖体における神の無情報が「神の子キリスト」のものであることを、宣言する自分の声を聞いて確定させるためである。そして配られたご聖体を取って自分の指で触れ、匂いをかぎ、口の中に入れ味わう。 

このような特別な知識の習得は、普通、無意識のうちに行われる。それは、本人はもちろんのこと、誰にも見えない。だから、この無意識の領域に「神の子キリスト」が痕跡として残るように、ご聖体を拝領する直前にご聖体に向かって告白するのである。この痕跡は、そのミサ典礼が派遣の祝福によって終わった後から次のミサまでの、日常のルーティンを生きる道筋で生きるものとなる。イエスの名によって遣わされた聖霊がキリストとして働くために、信者に協働することを常に求めているからだ。聖霊はキリストとなるために信者に触れ続けている。そのかすかな感触は、聖体拝領を通じて信者の無意識の領域でその人が預かっている、神の無情報の痕跡と一致する。「神の子キリスト」の痕跡である。 

協働することを常に求めている聖霊に応える体験は、それを望む信者にとって常に「然り」だけが実現する(コリント二1:17~22参照)。自発的に聖体拝領の列に並び、司祭から渡されるご聖体を取って食べるように、派遣の祝福から次のミサまでの日常のルーティンを生きる道筋で出会うすべての出来事の前で、自発的にご聖体を拝領した神の無情報の感覚を思い出し、聖霊と協働することに注意を向ける。すると次の行為が、自分一人で成した時と違うことがそのプロセスから分かるようになる。イエスが「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(ヨハネ14:20)と言ったとおりである。 

情報の塊として生まれ、情報の只中で生きる人間にとって、意識を神の無情報に向ける事だけが、あらゆる情報から貧しくなる唯一の術である。そして、聖霊と協働した記憶は、神の洗いを受け入れる小さい者に与えられる幸いを実感させる。神は、このように信者が、何人にも依存することなく、ダイレクトに聖霊と協働して生きる者となることを望んでいる。 

ここで、聖霊と協働するために同時に必要になるもう一つの事柄が、イエスの次の言葉にある。「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである」(ヨハネ16:13~14)。 

聖霊がイエスのものを受けて、私たちに告げることを知るためには、現実にイエスと共に生きた弟子たちのように、イエス・キリストの世界観を共有している必要がある。聖霊降臨の後の弟子たちの活躍にみられるとおり、彼らは、ヘブライの聖書の預言をイエス・キリストの世界観によって悟り、語ったのである。彼らが「無学な普通の人であること」(使徒言行録4:13)は問題ではなかった。同じように、ヨハネの黙示録から、私たちの記憶に注入されたイエス・キリストの世界観は(下図参照)、私たちが新約聖書の言葉に触れる時、記憶の内奥から深い共感を呼び起こし、真理を知っていることを悟らせる。ついには私たちの口から、当時の弟子たちに起こったように、御言葉が、命の言葉が流れ出てくるのである。 

つづく 

Maria K. M.

 



 2024/09/23


162. わたしの家

ヨハネの福音書と黙示録から多くの着想を得て描かれたサン・ダミアーノの十字架は、フランシスコの視覚に強く訴え、彼はそれを捉えた。彼は、この十字架から、「フランシスコよ、見てのとおり、わたしの家は完全に壊れようとしている。さあ、行ってわたしの家を修復しなさい」と言う声を三度聞いたという。フランシスコは具体的な教会堂の修復に向かった。 

イエスは、弟子たちと過ぎ越し祭にエルサレムへ上ったとき、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを見て、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒した。そして鳩を売る者たちに、「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない」(ヨハネ2:16)と言った。「弟子たちは、『あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす』と書いてあるのを思い出した」(2:17)とある。「父が持っておられるものはすべて、わたしのものである」(16:15)と言ったイエスにとって、「父の家」が「わたしの家」なのである。また、御父が持っている家を思う熱意もイエスのものであった。フランシスコは、それを共有したに違いない。 

さらにイエスはこの場面で、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」(2:18)と詰め寄るユダヤ人たちに、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」(2:19)と答えた。福音書は、「イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」(2:21)と解説している。当時のフランシスコにとって、また私たちにとっても、イエスの「御自分の体」とは、ご聖体である。ゆえに「わたしの家を修復しなさい」とは、ミサ典礼を完成することにつながっていた。 

しかし、800年以上も前にすでに新約聖書が成立していたものの、当時の教会は、まさに「ヨハネの黙示録の預言的構成」(下図参照)の第4の預言、「司祭職とご聖体の秘儀が荒れ野と天に隠された教会がたどる運命の預言(12~16章)」の只中にいた。さらに歴史の流れは、教会を、第5の預言、「教会の堕落の預言(17~18章)」に向かわせていた。この狭間で、神は、ヨハネの福音書と黙示録を題材にして、フランシスコに、神の国全体を可視化して見せたのである。 

彼はサン・ダミアーノの十字架に「神の国」の「真理」を見て、「命」を悟った。それはキリストの命であった。彼は、キリストの命によって救われた全被造物を見渡した。そして、振り返った。求める人々にこの「命」に至る「道」を示そうとしたのである。「神の国」を真理として受けた彼の脳裏には、「神の国」についての二つの福音のテーマがあった。貧しさと小ささである。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」(ルカ6:20)と言ったイエスがその人々の間で生きたこと、それは弟子たちを派遣したときの言葉にも裏付けられていた(ルカ9:3参照)。これがフランシスコにとって具体的にキリストの後に従う方法になった。 

また、イエスは、「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(ルカ18: 17)と言った。それは、弟子たちがイエスに触れていただくために子供たちを連れてきた人々を見て叱った時である。「イエスに触れていただく」ことには、神の洗いを受け入れる者の幸いがある。イエスが、「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(ヨハネ13:1)行為は、弟子たちの足を洗うことだった。このように、「子供のように神の国を受け入れる人」とは、神がいつでも洗うことができる小さい者として自分を捉えている人だ。 

こうしてフランシスコは、御言葉によって、貧しい者であることと小さい者であることが、「神の国」の「真理」に至る「道」を示すしるしだと確信した。そしてそこに集中し、徹底的に生きたのである。彼は、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ14:6)というイエスの言葉を、正面から信じて生きていた。この彼の情熱を頼みに、神は彼にイエスの十字架を負わせた。それは、ヨハネの福音書と黙示録を題材にして描かれたサン・ダミアーノの十字架であった。彼はイエスの名を身に受け、その愛と「神の国」を背負ったのである。 

つづく 

Maria K. M.




 2024/09/16


161. 使徒ヨハネの後継者

このごろ、聖フランシスコに語りかけたと言われているサン・ダミアーノの十字架に描かれた構図は、ヨハネの福音書を題材にしていることを知った。さらにそこには、黙示録の場面も挿入された特別なメッセージがあることに気付く。 

上端に描かれた指は、「しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」(ルカ11:20)とイエスが言ったように、神の国の到来を指し示している。その指が指している先には、十人の聖人の一人が、ボタンの付いた筒のようなものを持って、下から手を差し伸べているイエス・キリストに渡そうとしている。これは、「七つの封印で封じられていた」(黙示録5:1)巻物である。ゆえにこのイエス・キリストは、「わたしはまた、玉座と四つの生き物の間、長老たちの間に、屠られたような小羊が立っているのを見た。小羊には七つの角と七つの目があった。この七つの目は、全地に遣わされている神の七つの霊である」(5:6)と書かれた黙示録の小羊で、イエスの名によって遣わされた聖霊を表現している。

黙示録の中では、「小羊は進み出て、玉座に座っておられる方の右の手から、巻物を受け取った」(5:7)とあるが、ここでは神の右の手の指が聖人を指し、この聖人の右の手から受け取っている。ヨハネの黙示録に注意を向けさせるためだ。この七つの封印で封じられていた巻物が新約聖書だったからである(本ブログ№13~16参照)。また、十字架の両端にも二人の聖人が描かれているところから、合わせて十二名の聖人たちは、黙示録に、「都の城壁には十二の土台があって、それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった」(21:14)とある十二使徒である。 

また、中央のイエス・キリスト像の頭上には、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれている。これはヨハネ福音書だけにみられる罪状書きで(ヨハネ19:19参照)、祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」(19:21)と求めたが、ピラトが取り合わず、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」(19:22)と答えたときのものだ。イエスが自ら「ユダヤ人の王」と称しなかったこと、「お前はどこから来たのか」(19:9)と問うても答えなかったことがピラトの脳裏にはあった。一方で彼は、イエスの言葉に、「真理とは何か」(18:38)と問い返し、「神の子」という言葉を恐れた(19:7~8参照)。 

前回考察したように、イエスとピラトの問答を神学的に深めて見せたヨハネ福音書は、そこに、キリスト者のためにイエスが求め、パウロを派遣したローマ帝国を暗示している。そこで、十字架上のイエスのそばに描かれた人々の最右に百人隊長と書かれているローマ人が立っており、彼の上にもキリストの血が流れ落ちている。ヨハネ福音書には、「百人隊長」の記載はないが、この百人隊長は、神のものとなったローマ帝国の象徴として描かれているのである。 

このようにヨハネの黙示録とヨハネ福音書をつないで描いた画家は、黙示録の著者ヨハネと愛する弟子を同一人物とみていたようだ。上記の巻物を渡している聖人の富士額が、唯一イエスの右側にイエスの母と共に立っている「愛する弟子」のものと同一であることからそれが見て取れる。十字架上のイエスの左右に描かれたイエスの母と愛する弟子、そしてマグダラのマリアとクロパの妻マリアは、息を引き取ったイエスのわき腹を兵士が槍で刺したとき血と水が流れ出たことの証人である(19:35参照)。そして彼らは、そのわき腹から誕生した教会そのものである。 

これらの事柄の上に降り注ぐ御血は、多くの人のために流されて罪の赦しとなる新しい永遠の契約の血である。ゆえに、浮き上がって見えるように描かれ、前を見つめる十字架上のキリストは、ご聖体である。その眼差しはご聖体を見る者に常に次のように問い、その応えを待っている。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(11:25~26)。その応えはひとつである。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」(11:27)。 

十字架の構図は、神の指が示しているように、新約聖書に現れた神の国を視覚化している。フランシスコは、それを見て受け取り、声を聞いたと伝えられている。黙示録の著者ヨハネのように“霊”に満たされたのだ。彼は生まれた時、ヨハネという名で洗礼を受けた。不思議なめぐりあわせである。 

つづく

Maria K. M.


 2024/09/09


160. ローマへの道

イエス・キリストが、未来のキリスト者のためにローマを想定していたことは、ポンティオ・ピラトとの会話から、細々ながらその糸口を見出すことができる。ゆえに私たちは、この時イエスと対面したピラトに何が起こっていたのか、福音書から観察してみる必要がある。わたしたちは今も、信仰宣言の中で、ローマ帝国の総督であった彼の名を毎回唱えている。これは特別なことだといえる。 

イエスを尋問したピラトには策があった。過ぎ越し祭にユダヤ人の望む囚人一人を釈放する慣例である。ローマ人のピラトにとって、イエスがメシアであるかどうかには関心がなく、ヘロデの反応を見ると(ルカ23:1~12参照)、イエスが自ら「ユダヤ人の王」と称しない限り問題がなかった。しかし、ピラトが裁判の席に着いているときに届いた「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました」(マタイ27:19)という妻からの伝言は気がかりだったに違いない。イエスはピラトの尋問に、「わたしの国は、この世には属していない」(ヨハネ18:36)、「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」(18:37)と答えた。神の現実を明らかに語るこれらの言葉に接したピラトは、「真理とは何か」(18:38)と問い返した。その時彼は、すでに「わたしの声を聞く」者になっていたのだ。 

さらに、「わたしには、この男に罪を見出せない」(19:6)と言うピラトに、「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです」(19:7)とユダヤ人たちが答えると、「ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、『お前はどこから来たのか』とイエスに言った」(19:9)と書かれている。「神の子」という言葉が彼の耳に残ったのだ。そして、「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い」(19:11)と言ったイエスの言葉に、「ピラトはイエスを釈放しようと努めた」(19:12)とある。イエスは、その最期の時に、ローマ総督ピラトにこのように関わることで、ローマへの軌跡を残した。祭司長たちに訴えられ、総督と王の前に立ち、十字架に向かった道筋である。パウロは、イエスと同じこの道を辿ってローマへ向かった(使徒言行録22:30~28:16参照)。 

イエスが十字架上で息を引き取った後、「ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した」(マルコ15:44~45)とある。この百人隊長は、十字架上で息を引き取られたイエスの方を向いてそばに立ち、「本当に、この人は神の子だった」(15:39)と言った人だ。この言葉には、以前、彼がそのことを思いめぐらしたことが示唆されている。彼は、カファルナウムで、死にかかっていた部下のために、イエスにその癒しを求めたことがあった。それを願う彼の言葉に、イエスは、「イスラエルの中でさえ、これほどの信仰を見たことがない」(マタイ8:10)と言って感心した。そして、「言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く」(8:11)と言って、新しいエルサレムの到来について予告し、「だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」(8:12)と言って、迫るエルサレムの崩壊を予告した。 

「私が行っていやしてあげよう」(8:7)と言うイエスの申し出を断った百人隊長は、ただ部下を癒す言葉だけを求めていた。この彼が、「本当に、この人は神の子だった」と言うに至った場面が福音書に挿入されたことは、イエスが昇天した後、ローマに御言葉だけが運ばれ、やがてその地で、イエスが神の子であったと認められるに至る未来を預言している。ローマ帝国のキリスト教への改宗は、キリスト者に、新しい聖書の普及と新しいエルサレムを授かる機会を保障した。イエスが、「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない」(ルカ5:38)と言ったたとえのとおりである。しかし、教会は、「詩編と賛歌と霊的な歌」の味わいから離れられなかった。そこで、イエスの次の言葉も実現した。「また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』と言うのである」(5:39)。 

Maria K. M.

 

 


 2024/09/02


159. 使徒パウロの召命

「滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません」(エフェソ4:22~24)とパウロは言った。彼は、ダマスコの途上でイエスと出会い、アナニアに助けられて洗礼を受けた体験から、これらの実感を得た。「神にかたどって造られた新しい人を身に着け」とは、人が神にかたどって造られたことを自分自身の内に再発見し、聖霊と協働する新しい人としての体験を身に着けていくことだ。「真理に基づいた正しく清い生活を送る」過程も聖霊とともにある。 

そのためにイエスは、「預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る」(ヨハネ6:45)と言ったのである。「父から聞いて学んだ者」とは、イエスが、「しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(14:26)と言ったように、「父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊」から学ぶ者のことである。 

パウロは、聖霊を体験していた。その一方で、他の使徒たちのように直接イエスを知らず、「わたしが話したこと」を記憶に持っていないパウロは、自分の中から何も引き出すことができなかった。使徒パウロは、イエスの3年間の公生活を共に過ごし、彼の受難、死、復活、昇天に遭遇し、聖霊の降臨を体験させるためにイエスが選んで使徒とした者たちとは、全く異なる神の選びの上に立っていたのだ。 

そこで彼は、幼い日からヘブライの聖書に親しんできたテモテに、「聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい」(テモテ一4:13)と命じ、「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です」(テモテ二3:15~16)と教えている。「キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵」、これこそがパウロ自身が持っていると実感するものであった。 

神は、彼を選び、彼のすべてが彼のために益になるような仕方で彼を運んだ。彼が「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています」(フィリピ3:8)と書いた「他の一切」の中には、ファリサイ派として復活を信じていたこと、タルソス生まれでローマ帝国の市民権を持っていたこと、テント職人であることも入っていた。これらすべてを神からの恵みとして、彼は大いに利用した。ゆえに彼は、「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです」(3:13~14)と言うことができた。こうして、新約聖書の成立とキリスト教がローマ帝国の国教とされた4世紀の終わりは、パウロの「目標を目指してひたすら走ること」の延長線上に到来した。 

エルサレム神殿が崩壊することをすでに予告していたイエスは、未来のキリスト者のために「新しいエルサレム」を準備していた。その道をローマに向けて切り開くことがパウロの召命であった。ゆえに、イエスは千人隊長の兵営にいたパウロのそばに立って次のように命じた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(使徒言行録23:11)。主はパウロのために門を開いている(コリント一16:8~9、コリント二2:12、コロサイ4:3参照)。 

黙示録の七つの教会への手紙には次の箇所がある。「わたしはあなたの行いを知っている。見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない。あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らないと言わなかった」(黙示録3:8)。ゆえに、彼の報いは次のとおりである。「勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。彼はもう決して外へ出ることはない。わたしはその者の上に、わたしの神の名と、わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、そして、わたしの新しい名を書き記そう」(黙示録3:12)。 

Maria K. M.


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