2024/12/23
175. 預言された者 その1
前回考察したように、サン・ダミアーノの十字架像に聖フランシスコが預言されていたのであれば、その理由がヨハネ福音書の中に隠されているはずだ。そして、この十字架像のイエスがご聖体を表しているならば、それは復活したイエスを表しているのだから、ここに描かれた場面は、イエスの復活の場面に関わっている。その最初の場面は、「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。『主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません』」(ヨハ20:1~2)である。
マグダラのマリアと「イエスが愛しておられたもう一人の弟子」は、その二日前にイエスの母とクロパの妻とともに十字架のそばに立ち、イエスのわき腹から流れ出た血と水を浴びて、新しい契約の締結と教会誕生の証人となっていた(ヨハ19:25~35参照)。マグダラのマリアが知らせに走る場面で、ヨハネ福音記者が、まずシモン・ペトロの名を挙げたのは、その次の場面で、ペトロより速く走って、先に墓に着いた「もう一人の弟子」が、中に入らずペトロを待っていたのと同じ理由である。ヨハネ福音記者には、天の父とイエスから、ペトロが教会の頭として選ばれたという意識があったのだ(マタ16:17~19参照)。そして、その出来事とともに、このときからイエスが打ち明け始め、何度も語ったご自身の復活について、使徒たちが覚えていないわけはなかった。
イエスが蘇らせたラザロのケースを思い出せば、墓にイエスの体を包んでいた亜麻布と頭を包んでいた覆いが残っているのは、さすがに奇妙だと感じただろう。また、地震や天使、白い長い衣や輝く衣を着た人の出現を書いた他の福音書と異なり、ただ空になった墓を見ただけでは、「もう一人の弟子」も遺体が取り去られたと考えるよりなかった。「墓から取り去られました」と言ったマグダラのマリアの言葉を信じたのだ。しかし彼は、ペトロに意見を尋ねることはできなかった。木曜の夜、捕らえられたイエスを三回否んだペトロの体験を鑑みれば、それは当然の思いである。サン・ダミアーノの十字架像の下方、イエスの左膝下の横に描かれた雄鶏は、「あなたのためなら命を捨てます」(ヨハ13:37)と言ったペトロを、イエスがみ言葉によって守ったしるしである(13:38参照)。ただ、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」(20:9)ということは確かであった。それはイエスが、「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」(16:13)と言っていたからだ。ペトロと「もう一人の弟子」は、イエスの遺体が取り去られたことについて他の使徒たちと相談するために「家に帰って行った」(ヨハ20:10)。彼らは墓に番兵を置いた祭司長たちを恐れていたのである(マタ27:62~66、28:11~15参照)。
一方、マグダラのマリアは一人残り、墓の外で泣いていた。そこに復活したイエスが現れた。このとき、園丁だと思った彼女には、「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」(ヨハ20:15)と言うだけの気力と熱い望みがあった。「わたしが、あの方を引き取ります」という望みは、彼女固有の召命を表していた。そして、彼女が引き取ると言ったイエスの遺体には、4つの釘の跡と、わき腹の傷があったのである。サン・ダミアーノの十字架像の左端に小さく首から上だけ描かれた男、預言された者、第三のヨハネであるフランシスコは、眼を見開いて十字架上のイエスを凝視している。後に聖痕を受けたフランシスコは、「わたしが、あの方を引き取ります」と言ったマグダラのマリアの言葉を、身をもって実現した。フランシスコは、マグダラのマリアと同じ召命に呼ばれていた。
つづく
Maria K. M.