イエス・キリストの黙示。この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕たちに示すためキリストに与え、それをキリストが天使を送って僕ヨハネに知らせたものである。ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分が見たすべてを証しした。この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて中に記されたことを守る者たちは、幸いだ。時が迫っているからである。(ヨハネの黙示1,1~3)

 2021/09/06


3. 天使

今時の人は、天使や堕天使の話など興味がないかもしれない。実は私は天使の存在を信じている。格別に守護の天使のことをよく思い出す。その一方で、堕天使の話をなかなか本気で受け取れない。堕天使がいるなんて、どうしてもおとぎ話のように感じてしまうからだ。私が日本でキリスト教とは無縁な家族の中で育って、大人になってから自分で洗礼を受けたからかもしれない。私は自分の家族から、天使の話も、ましてや堕天使の話など生まれてから一度も聞いたことがない。しかし私は、ヨハネの黙示の中の天使について特別に興味を持ち始めた。こんなことを言うと笑われるかもしれないが、この天使たちが、まるで神が創造したAIのように思えるのだ。めとりも嫁ぎもしない天使の体に、神が組み込む神のプログラムが彼らの意志だ。それが、人のように自由意志ではないからこそ、著者が天使の足元にひれ伏して拝もうとしたとき、「やめよ。私は、あなたや、イエスの証しを守っているあなたのきょうだいたちと同じく、仕える者である。神を礼拝せよ」と言えたのではないか。著者が天使を拝もうとする場面は二度出てくるが、天使は状況に合わせて言葉を選びながらも、まったく同じ反応をする(黙示録19:10,22:9参照)。天使はまさに神にプログラムされた通りに答えているのだ。まるで、高い信頼性で "疲れる" ことなく現場の状況に正確に対応し実行するAIのようだ。私は、イエス・キリストの世界観を表す源がこんなところにあるかもしれないと考えて興味を持っている。

Maria K. M.

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