イエス・キリストの黙示。この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕たちに示すためキリストに与え、それをキリストが天使を送って僕ヨハネに知らせたものである。ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分が見たすべてを証しした。この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて中に記されたことを守る者たちは、幸いだ。時が迫っているからである。(ヨハネの黙示1,1~3)

 2026/03/02


237. ヨハネ福音書と新約の司祭職 悟りへⅢ

ヨハネ福音書4章のイエスとサマリアの女の対話とそれに続く場面で、イエスは、使徒職と新約の司祭職の違いを示した。それは、使徒たちに自分たちの役割を悟らせる養成の場でもあった。イエスは、地上で使徒たちに施したご自分の養成が、すべての信者たちのものになるために、まず12人を選んで使徒と名付け、人々が注目するようにした。使徒職は、降臨した聖霊によってすべての信者に授けられることになる預言の賜物と共に、信者が聖霊と共に働くための土台である(ヨハ16:13参照)。自らを使徒と呼んだパウロは、これらの事に気付いていたのである。 

さらに使徒たちには、最期の食卓で、聖体制定とともに「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)と命じた言葉によって、新約の司祭職を授け、続けて、「私の父が私に王権を委ねてくださったように、私もあなたがたにそれを委ねる。こうして、あなたがたは、私の国で食卓に着いて食事を共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を裁くことになる」(22:29~30)と言って、王権を委ねられた。 

この王権は、天使がイエスの母マリアに、「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と呼ばれる。神である主が、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」(ルカ1:32~33)と告げたものである。「その支配は終わることがない」という言葉が、イエスが選んだ使徒たちに授けた新約の司祭職を、未来永劫継承させることになる。イエスが昇天される直前に、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」(使1:6)と尋ねた。王権についてのイエスの言葉が彼らの記憶に残っていたからである。イエスは、「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない」(1:7)とお答えになった。 

こうして新約の司祭職は、イエスが使徒たちに委ねた王権によって、「わたしの記念としてこのように行いなさい」というイエスの命令を実現し続けるのである。さらに、「あなたがたは、私の国で食卓に着いて食事を共にし」とある御言葉は、新約の司祭職が奉仕するのは、現在も未来も常に「食卓」だということを決定づけた。イエスがご自身をお捧げになったのは十字架上であったとしても、ご聖体となって誕生されるのは、信者たちが囲む食卓の上なのである。 

聖霊降臨の前に、ペトロの提案によって、弟子たちは12人目の使徒としてマティアを選出した(使1:23~25参照)。イエスから授かった新約の司祭職と委ねられた王職、そして、それらの土台となる使徒職を継がせ、聖霊がお授けになる預言の賜物に備えるためである。このときすでに120人ほどの人々が使徒たちと共にいて、一つになっていた。これら、聖霊降臨前からの信者たちは、聖霊降臨後に加わった三千人ほどの人々を仲間に受け入れた(2:41参照)。「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(2:42)と書かれているように、聖霊降臨前からの信者たちは、多くの新たな信者たちの中にいて、求心力を発揮していた。 

しかし、弟子たちの数が増大してくると共同体の状況は変わってきた。ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出たのである。使徒たちは「ギリシア」という言葉を聞いて、天に昇られる時イエスが、「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない」と言われたのが、今この時だと、直観的に悟った。イエスがご受難に向かわれる時を知って、「人の子が栄光を受ける時が来た」(ヨハ12:23)と言われたのは、エルサレムに上って来た何人かのギリシア人が、イエスにお目にかかりたいと頼んだときだったことを、聖霊が彼らに思い出させられたからである。この時もイエスに従う人々の数は増大し、群衆となっていた。 

そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします」(使6:2~4)。 

イエスは、「使徒」と名付けられた12人を、聖霊降臨を目指して養成した。「使徒」とは、「使徒職」と「預言職」が土台になってその人間性が再構成された信者のことであった。聖霊が降臨された今こそ、すべての信者が使徒となるときである。12人の使徒たちは、彼ら自身がそのような使徒であり、イエスによって王権とともに新約の司祭職を授かったことを、聖霊によって理解した。彼らは、自分たちは、イエスが王権とともに授けてくださった新約の司祭職を教え司る者となり、永遠に持続可能な職務とするために働く必要があることを悟った。今日の「司教」として立ち上がる必要があることを悟ったのである。祈りと御言葉の奉仕に専念するという彼らの宣言は、確かに現代の私たち信者のところまで伝わる重大な決定となった。 

Maria K. M.


人気の投稿