イエス・キリストの黙示。この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕たちに示すためキリストに与え、それをキリストが天使を送って僕ヨハネに知らせたものである。ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストの証し、すなわち、自分が見たすべてを証しした。この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて中に記されたことを守る者たちは、幸いだ。時が迫っているからである。(ヨハネの黙示1,1~3)

 2024/09/30


163. 神の子キリストの痕跡

聖フランシスコは、サン・ダミアーノの十字架を見た。そこには、ヨハネの福音書と黙示録から多くの着想を得た神の国が描かれていた。彼が受けた神の国の真理は、800年を経た今も私たちに伝わってくる。 

サン・ダミアーノの十字架上のイエスは苦しんでいない。その姿がご聖体を暗示しているからだ。ご聖体は、信者たちに神の無情報の知を持たせる。信者たちに食べられ、「神の子キリスト」との合一体験を与え、神の無情報を体感させる。そこで信者は、ご聖体からパンとぶどう酒の味わいを切り離したところに注目し、ご聖体を拝領した無味乾燥の味を覚え、神の無情報を記憶しなければならない。そのために信者は、ご聖体を拝領するにあたって、全感覚を総動員する必要がある。まず、司祭が挙げるご聖体を見て、「神の子キリスト」であると宣言しておくことが不可欠である。これから拝領するご聖体における神の無情報が「神の子キリスト」のものであることを、宣言する自分の声を聞いて確定させるためである。そして配られたご聖体を取って自分の指で触れ、匂いをかぎ、口の中に入れ味わう。 

このような特別な知識の習得は、普通、無意識のうちに行われる。それは、本人はもちろんのこと、誰にも見えない。だから、この無意識の領域に「神の子キリスト」が痕跡として残るように、ご聖体を拝領する直前にご聖体に向かって告白するのである。この痕跡は、そのミサ典礼が派遣の祝福によって終わった後から次のミサまでの、日常のルーティンを生きる道筋で生きるものとなる。イエスの名によって遣わされた聖霊がキリストとして働くために、信者に協働することを常に求めているからだ。聖霊はキリストとなるために信者に触れ続けている。そのかすかな感触は、聖体拝領を通じて信者の無意識の領域でその人が預かっている、神の無情報の痕跡と一致する。「神の子キリスト」の痕跡である。 

協働することを常に求めている聖霊に応える体験は、それを望む信者にとって常に「然り」だけが実現する(コリント二1:17~22参照)。自発的に聖体拝領の列に並び、司祭から渡されるご聖体を取って食べるように、派遣の祝福から次のミサまでの日常のルーティンを生きる道筋で出会うすべての出来事の前で、自発的にご聖体を拝領した神の無情報の感覚を思い出し、聖霊と協働することに注意を向ける。すると次の行為が、自分一人で成した時と違うことがそのプロセスから分かるようになる。イエスが「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(ヨハネ14:20)と言ったとおりである。 

情報の塊として生まれ、情報の只中で生きる人間にとって、意識を神の無情報に向ける事だけが、あらゆる情報から貧しくなる唯一の術である。そして、聖霊と協働した記憶は、神の洗いを受け入れる小さい者に与えられる幸いを実感させる。神は、このように信者が、何人にも依存することなく、ダイレクトに聖霊と協働して生きる者となることを望んでいる。 

ここで、聖霊と協働するために同時に必要になるもう一つの事柄が、イエスの次の言葉にある。「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである」(ヨハネ16:13~14)。 

聖霊がイエスのものを受けて、私たちに告げることを知るためには、現実にイエスと共に生きた弟子たちのように、イエス・キリストの世界観を共有している必要がある。聖霊降臨の後の弟子たちの活躍にみられるとおり、彼らは、ヘブライの聖書の預言をイエス・キリストの世界観によって悟り、語ったのである。彼らが「無学な普通の人であること」(使徒言行録4:13)は問題ではなかった。同じように、ヨハネの黙示録から、私たちの記憶に注入されたイエス・キリストの世界観は(下図参照)、私たちが新約聖書の言葉に触れる時、記憶の内奥から深い共感を呼び起こし、真理を知っていることを悟らせる。ついには私たちの口から、当時の弟子たちに起こったように、御言葉が、命の言葉が流れ出てくるのである。 

つづく 

Maria K. M.

 



 2024/09/23


162. わたしの家

ヨハネの福音書と黙示録から多くの着想を得て描かれたサン・ダミアーノの十字架は、フランシスコの視覚に強く訴え、彼はそれを捉えた。彼は、この十字架から、「フランシスコよ、見てのとおり、わたしの家は完全に壊れようとしている。さあ、行ってわたしの家を修復しなさい」と言う声を三度聞いたという。フランシスコは具体的な教会堂の修復に向かった。 

イエスは、弟子たちと過ぎ越し祭にエルサレムへ上ったとき、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを見て、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒した。そして鳩を売る者たちに、「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない」(ヨハネ2:16)と言った。「弟子たちは、『あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす』と書いてあるのを思い出した」(2:17)とある。「父が持っておられるものはすべて、わたしのものである」(16:15)と言ったイエスにとって、「父の家」が「わたしの家」なのである。また、御父が持っている家を思う熱意もイエスのものであった。フランシスコは、それを共有したに違いない。 

さらにイエスはこの場面で、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」(2:18)と詰め寄るユダヤ人たちに、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」(2:19)と答えた。福音書は、「イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」(2:21)と解説している。当時のフランシスコにとって、また私たちにとっても、イエスの「御自分の体」とは、ご聖体である。ゆえに「わたしの家を修復しなさい」とは、ミサ典礼を完成することにつながっていた。 

しかし、800年以上も前にすでに新約聖書が成立していたものの、当時の教会は、まさに「ヨハネの黙示録の預言的構成」(下図参照)の第4の預言、「司祭職とご聖体の秘儀が荒れ野と天に隠された教会がたどる運命の預言(12~16章)」の只中にいた。さらに歴史の流れは、教会を、第5の預言、「教会の堕落の預言(17~18章)」に向かわせていた。この狭間で、神は、ヨハネの福音書と黙示録を題材にして、フランシスコに、神の国全体を可視化して見せたのである。 

彼はサン・ダミアーノの十字架に「神の国」の「真理」を見て、「命」を悟った。それはキリストの命であった。彼は、キリストの命によって救われた全被造物を見渡した。そして、振り返った。求める人々にこの「命」に至る「道」を示そうとしたのである。「神の国」を真理として受けた彼の脳裏には、「神の国」についての二つの福音のテーマがあった。貧しさと小ささである。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」(ルカ6:20)と言ったイエスがその人々の間で生きたこと、それは弟子たちを派遣したときの言葉にも裏付けられていた(ルカ9:3参照)。これがフランシスコにとって具体的にキリストの後に従う方法になった。 

また、イエスは、「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(ルカ18: 17)と言った。それは、弟子たちがイエスに触れていただくために子供たちを連れてきた人々を見て叱った時である。「イエスに触れていただく」ことには、神の洗いを受け入れる者の幸いがある。イエスが、「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(ヨハネ13:1)行為は、弟子たちの足を洗うことだった。このように、「子供のように神の国を受け入れる人」とは、神がいつでも洗うことができる小さい者として自分を捉えている人だ。 

こうしてフランシスコは、御言葉によって、貧しい者であることと小さい者であることが、「神の国」の「真理」に至る「道」を示すしるしだと確信した。そしてそこに集中し、徹底的に生きたのである。彼は、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ14:6)というイエスの言葉を、正面から信じて生きていた。この彼の情熱を頼みに、神は彼にイエスの十字架を負わせた。それは、ヨハネの福音書と黙示録を題材にして描かれたサン・ダミアーノの十字架であった。彼はイエスの名を身に受け、その愛と「神の国」を背負ったのである。 

つづく 

Maria K. M.




 2024/09/16


161. 使徒ヨハネの後継者

このごろ、聖フランシスコに語りかけたと言われているサン・ダミアーノの十字架に描かれた構図は、ヨハネの福音書を題材にしていることを知った。さらにそこには、黙示録の場面も挿入された特別なメッセージがあることに気付く。 

上端に描かれた指は、「しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」(ルカ11:20)とイエスが言ったように、神の国の到来を指し示している。その指が指している先には、十人の聖人の一人が、ボタンの付いた筒のようなものを持って、下から手を差し伸べているイエス・キリストに渡そうとしている。これは、「七つの封印で封じられていた」(黙示録5:1)巻物である。ゆえにこのイエス・キリストは、「わたしはまた、玉座と四つの生き物の間、長老たちの間に、屠られたような小羊が立っているのを見た。小羊には七つの角と七つの目があった。この七つの目は、全地に遣わされている神の七つの霊である」(5:6)と書かれた黙示録の小羊で、イエスの名によって遣わされた聖霊を表現している。

黙示録の中では、「小羊は進み出て、玉座に座っておられる方の右の手から、巻物を受け取った」(5:7)とあるが、ここでは神の右の手の指が聖人を指し、この聖人の右の手から受け取っている。ヨハネの黙示録に注意を向けさせるためだ。この七つの封印で封じられていた巻物が新約聖書だったからである(本ブログ№13~16参照)。また、十字架の両端にも二人の聖人が描かれているところから、合わせて十二名の聖人たちは、黙示録に、「都の城壁には十二の土台があって、それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった」(21:14)とある十二使徒である。 

また、中央のイエス・キリスト像の頭上には、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれている。これはヨハネ福音書だけにみられる罪状書きで(ヨハネ19:19参照)、祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」(19:21)と求めたが、ピラトが取り合わず、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」(19:22)と答えたときのものだ。イエスが自ら「ユダヤ人の王」と称しなかったこと、「お前はどこから来たのか」(19:9)と問うても答えなかったことがピラトの脳裏にはあった。一方で彼は、イエスの言葉に、「真理とは何か」(18:38)と問い返し、「神の子」という言葉を恐れた(19:7~8参照)。 

前回考察したように、イエスとピラトの問答を神学的に深めて見せたヨハネ福音書は、そこに、キリスト者のためにイエスが求め、パウロを派遣したローマ帝国を暗示している。そこで、十字架上のイエスのそばに描かれた人々の最右に百人隊長と書かれているローマ人が立っており、彼の上にもキリストの血が流れ落ちている。ヨハネ福音書には、「百人隊長」の記載はないが、この百人隊長は、神のものとなったローマ帝国の象徴として描かれているのである。 

このようにヨハネの黙示録とヨハネ福音書をつないで描いた画家は、黙示録の著者ヨハネと愛する弟子を同一人物とみていたようだ。上記の巻物を渡している聖人の富士額が、唯一イエスの右側にイエスの母と共に立っている「愛する弟子」のものと同一であることからそれが見て取れる。十字架上のイエスの左右に描かれたイエスの母と愛する弟子、そしてマグダラのマリアとクロパの妻マリアは、息を引き取ったイエスのわき腹を兵士が槍で刺したとき血と水が流れ出たことの証人である(19:35参照)。そして彼らは、そのわき腹から誕生した教会そのものである。 

これらの事柄の上に降り注ぐ御血は、多くの人のために流されて罪の赦しとなる新しい永遠の契約の血である。ゆえに、浮き上がって見えるように描かれ、前を見つめる十字架上のキリストは、ご聖体である。その眼差しはご聖体を見る者に常に次のように問い、その応えを待っている。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(11:25~26)。その応えはひとつである。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」(11:27)。 

十字架の構図は、神の指が示しているように、新約聖書に現れた神の国を視覚化している。フランシスコは、それを見て受け取り、声を聞いたと伝えられている。黙示録の著者ヨハネのように“霊”に満たされたのだ。彼は生まれた時、ヨハネという名で洗礼を受けた。不思議なめぐりあわせである。 

つづく

Maria K. M.


 2024/09/09


160. ローマへの道

イエス・キリストが、未来のキリスト者のためにローマを想定していたことは、ポンティオ・ピラトとの会話から、細々ながらその糸口を見出すことができる。ゆえに私たちは、この時イエスと対面したピラトに何が起こっていたのか、福音書から観察してみる必要がある。わたしたちは今も、信仰宣言の中で、ローマ帝国の総督であった彼の名を毎回唱えている。これは特別なことだといえる。 

イエスを尋問したピラトには策があった。過ぎ越し祭にユダヤ人の望む囚人一人を釈放する慣例である。ローマ人のピラトにとって、イエスがメシアであるかどうかには関心がなく、ヘロデの反応を見ると(ルカ23:1~12参照)、イエスが自ら「ユダヤ人の王」と称しない限り問題がなかった。しかし、ピラトが裁判の席に着いているときに届いた「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました」(マタイ27:19)という妻からの伝言は気がかりだったに違いない。イエスはピラトの尋問に、「わたしの国は、この世には属していない」(ヨハネ18:36)、「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」(18:37)と答えた。神の現実を明らかに語るこれらの言葉に接したピラトは、「真理とは何か」(18:38)と問い返した。その時彼は、すでに「わたしの声を聞く」者になっていたのだ。 

さらに、「わたしには、この男に罪を見出せない」(19:6)と言うピラトに、「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです」(19:7)とユダヤ人たちが答えると、「ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、『お前はどこから来たのか』とイエスに言った」(19:9)と書かれている。「神の子」という言葉が彼の耳に残ったのだ。そして、「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い」(19:11)と言ったイエスの言葉に、「ピラトはイエスを釈放しようと努めた」(19:12)とある。イエスは、その最期の時に、ローマ総督ピラトにこのように関わることで、ローマへの軌跡を残した。祭司長たちに訴えられ、総督と王の前に立ち、十字架に向かった道筋である。パウロは、イエスと同じこの道を辿ってローマへ向かった(使徒言行録22:30~28:16参照)。 

イエスが十字架上で息を引き取った後、「ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。そして、百人隊長に確かめたうえ、遺体をヨセフに下げ渡した」(マルコ15:44~45)とある。この百人隊長は、十字架上で息を引き取られたイエスの方を向いてそばに立ち、「本当に、この人は神の子だった」(15:39)と言った人だ。この言葉には、以前、彼がそのことを思いめぐらしたことが示唆されている。彼は、カファルナウムで、死にかかっていた部下のために、イエスにその癒しを求めたことがあった。それを願う彼の言葉に、イエスは、「イスラエルの中でさえ、これほどの信仰を見たことがない」(マタイ8:10)と言って感心した。そして、「言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く」(8:11)と言って、新しいエルサレムの到来について予告し、「だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」(8:12)と言って、迫るエルサレムの崩壊を予告した。 

「私が行っていやしてあげよう」(8:7)と言うイエスの申し出を断った百人隊長は、ただ部下を癒す言葉だけを求めていた。この彼が、「本当に、この人は神の子だった」と言うに至った場面が福音書に挿入されたことは、イエスが昇天した後、ローマに御言葉だけが運ばれ、やがてその地で、イエスが神の子であったと認められるに至る未来を預言している。ローマ帝国のキリスト教への改宗は、キリスト者に、新しい聖書の普及と新しいエルサレムを授かる機会を保障した。イエスが、「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない」(ルカ5:38)と言ったたとえのとおりである。しかし、教会は、「詩編と賛歌と霊的な歌」の味わいから離れられなかった。そこで、イエスの次の言葉も実現した。「また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』と言うのである」(5:39)。 

Maria K. M.

 

 


 2024/09/02


159. 使徒パウロの召命

「滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません」(エフェソ4:22~24)とパウロは言った。彼は、ダマスコの途上でイエスと出会い、アナニアに助けられて洗礼を受けた体験から、これらの実感を得た。「神にかたどって造られた新しい人を身に着け」とは、人が神にかたどって造られたことを自分自身の内に再発見し、聖霊と協働する新しい人としての体験を身に着けていくことだ。「真理に基づいた正しく清い生活を送る」過程も聖霊とともにある。 

そのためにイエスは、「預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る」(ヨハネ6:45)と言ったのである。「父から聞いて学んだ者」とは、イエスが、「しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(14:26)と言ったように、「父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊」から学ぶ者のことである。 

パウロは、聖霊を体験していた。その一方で、他の使徒たちのように直接イエスを知らず、「わたしが話したこと」を記憶に持っていないパウロは、自分の中から何も引き出すことができなかった。使徒パウロは、イエスの3年間の公生活を共に過ごし、彼の受難、死、復活、昇天に遭遇し、聖霊の降臨を体験させるためにイエスが選んで使徒とした者たちとは、全く異なる神の選びの上に立っていたのだ。 

そこで彼は、幼い日からヘブライの聖書に親しんできたテモテに、「聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい」(テモテ一4:13)と命じ、「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です」(テモテ二3:15~16)と教えている。「キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵」、これこそがパウロ自身が持っていると実感するものであった。 

神は、彼を選び、彼のすべてが彼のために益になるような仕方で彼を運んだ。彼が「わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています」(フィリピ3:8)と書いた「他の一切」の中には、ファリサイ派として復活を信じていたこと、タルソス生まれでローマ帝国の市民権を持っていたこと、テント職人であることも入っていた。これらすべてを神からの恵みとして、彼は大いに利用した。ゆえに彼は、「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです」(3:13~14)と言うことができた。こうして、新約聖書の成立とキリスト教がローマ帝国の国教とされた4世紀の終わりは、パウロの「目標を目指してひたすら走ること」の延長線上に到来した。 

エルサレム神殿が崩壊することをすでに予告していたイエスは、未来のキリスト者のために「新しいエルサレム」を準備していた。その道をローマに向けて切り開くことがパウロの召命であった。ゆえに、イエスは千人隊長の兵営にいたパウロのそばに立って次のように命じた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(使徒言行録23:11)。主はパウロのために門を開いている(コリント一16:8~9、コリント二2:12、コロサイ4:3参照)。 

黙示録の七つの教会への手紙には次の箇所がある。「わたしはあなたの行いを知っている。見よ、わたしはあなたの前に門を開いておいた。だれもこれを閉めることはできない。あなたは力が弱かったが、わたしの言葉を守り、わたしの名を知らないと言わなかった」(黙示録3:8)。ゆえに、彼の報いは次のとおりである。「勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。彼はもう決して外へ出ることはない。わたしはその者の上に、わたしの神の名と、わたしの神の都、すなわち、神のもとから出て天から下って来る新しいエルサレムの名、そして、わたしの新しい名を書き記そう」(黙示録3:12)。 

Maria K. M.


 2024/08/26


158. 神の国

使徒パウロは、異邦人が福音によってイエス・キリストにおいて約束されたものを一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となるために、彼らに「滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません」(エフェソ4:22~24)と教えた。そして、その生活を支えるためには、「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい」(エフェソ5:19)と言って、それらを実行するように勧めたのである。この勧めは、コリントとコロサイの信徒への手紙にも見られる(コリント一14:26、コロサイ3:16参照)。異邦人たちに、未だ救い主を待っている旧約の民の思いを植え付けることは、彼らの記憶に預言の言葉が刷り込まれ、イエス・キリストが預言されたメシアであることを信じさせるために有効であった。それを習慣にしていた自分がイエスから呼び出されたという確信の内にいるパウロは、迷わなかった。 

一方、イエスが天から降って来たのは、旧約の預言を成就するためだけではなく、御父の御心を行うためであった(ヨハネ6:38参照)。それは、預言者が立つより遥か昔、エデンの園で起こった出来事を解決するためであった。神は、「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある」(創世記3:22)と言って、「アダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた」(3:24)。それ以来神は、悠久の時を待っていたのである。父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである」(ヨハネ6:40)とイエスが言ったように、それは人を死者の中から復活させることではなかった。 

イエスにはそのために計画があった。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる」(6:54)と言ったご自身の言葉を実現するのである。この言葉は、イエスが最期の食卓で次のように実現した。「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これはわたしの体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である』」(マタイ26:26~28)。そのときイエスは、「神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい」(ルカ22:18)と言っておいた。この予告は、イエスが十字架上で酸いぶどう酒を受けたことによって実現した(ヨハネ19:28~30参照)。神の国はすでに来ているのである。 

イエスが述べ伝えた神の国は、4世紀の終わりに、新約聖書の成立とキリスト教がローマ帝国の国教とされたことで、世に見えるようになるための条件が整った。しかし教会は、「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい」というパウロの勧めを維持し、それをミサ典礼の骨組みに据えて発展させてきた。イエスの復活の証人たち、イエスと共にいて、直接教えを受け、イエス・キリストの世界観を持っていた人々は遥か昔に亡くなり、彼らの暗黙知を知る術はなかった。このとき、成立した新約聖書に仕込まれていたヨハネの黙示録には思い至らなかったのである。 

救い主を待っている旧約の民の思いを繰り返しキリスト者の記憶に刷り込む習慣は、無意識の内に彼らの記憶に、キリストの救いも未来の出来事だという思いを植え付ける。そして、「わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる」(コリント一13:12)というパウロの強烈な憧れが伝播する。それは、ご聖体を制定したとき、「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)と言った言葉によって、ご自身の時を現在化する種を、未来のミサ典礼のために蒔いておいたイエスの思いと決定的に矛盾する。 

Maria K. M.


 2024/08/19


157. 時が迫っている

使徒パウロは、エフェソの信徒たちに、「酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ、霊に満たされ、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。そして、いつも、あらゆることについて、わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい」(エフェソ5:18~20)と勧めた。彼は、異邦人の彼らが、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌うことを習慣にすることによって、無分別な者とならず、自分のように、ヘブライの聖書からイエス・キリストについての証しを読み取り、父である神に感謝するようになると考えたのだ。ダビデの作と言われる詩編には、救い主の預言が置かれており、自分の子ソロモンについて、神から「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる」(サムエル下7:14)と告げられたダビデは、神が人の父となるという発想を持っていたに違いない。 

パウロが、「わたしは・・ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、・・律法の義については非のうちどころのない者でした」(フィリピ3:5~6)と回想しているように、彼にはヘブライの聖書に基づく律法の義が、その記憶に深く根を下ろしていた。パウロの記憶の底には、律法の義を守るために得た経験や勘、直感などに基づく、簡単に言語化できない知識が横たわっていたに違いない。彼の「律法の義」は、「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」(マタイ5:17)と言われたイエス・キリストに呼ばれたことによって転換し、完成に向かった。その義は、彼がキリストを得、キリストの内にいる者と認められるために、イエスに近づく彼の指針となった。そこから彼は、「わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります」(フィリピ3:9)と言うまでになったのである。 

一方、復活を信じるファリサイ派であったパウロにとって、キリストとその復活の力とを知り、何とかして死者の中からの復活に達したいという願いは、究極のものであったに違いない。しかし彼は、「わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです」(フィリピ3:12)と正直に語っている。続けて彼は、自分を励まし、共同体に勧めを与えた後、次のように書いた。「わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています」(3:20)。この言葉には、キリストと出会う以前の彼と変わらぬパウロの姿が見える。 

救いを未来に求めるこの言葉は、未だ救い主を待っている旧約の民のメンタリティーが、彼の記憶の中で生きていたことを物語っている。パウロの記憶は、その内奥で、救い主を待っている旧約の民の記憶を守っていたのだ。それは、エフェソの信徒たちに、「酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ、霊に満たされ、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい」という勧めを与えた彼の記憶であった。詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌う習慣は、ヘブライ人であるパウロ自身が実践してきたことであった。 

パウロは、イエスと出会ったことによって、「わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい」ということができた。しかし、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌う習慣は、彼の内奥に絶えず働きかけ、彼を、その中に記されたことを守る者、救い主を待っている旧約の民の記憶を守る者にしていたのである。 

イエス・キリストによって、ヘブライの聖書の預言は実現した。しかし、パウロ自身がコリントの信徒への手紙で伝えているように、イエスの復活の証人たちの中ですでに亡くなった人々が出てきていた(コリント一15:6参照)。彼らは、イエスと共にいて、直接教えを受け、イエス・キリストの世界観を持っていた。聖霊は、やがてこれらの証人たちが途絶えるときに備えて、新約聖書にヨハネの黙示録を加え、その書にこう記した、「この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて中に記されたことを守る者たちは、幸いだ。時が迫っているからである」(黙示録1:3)。 

Maria K. M.


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