2023/01/16
74. 苦悶の大聖堂
Maria K. M.
2023/01/16
Maria K. M.
2023/01/09
ヨハネ福音書の中で、ユダと同列に並べられたベタニアのマリアについては、ルカ福音書ではイエスの足元に座って話を聞いていたこと以外は何の情報もない(ルカ10:38~42参照)。一方、マルタは、ヨハネ福音書と同様に、ここでもイエスを迎えている。そこで今回はマルタについて考察する。
マルタがいろいろともてなしのために忙しくしていたのは、イエスの話を聞いていた人々が他にも大勢いたからだ。そこでマルタは、イエスのそばまで行って言った。「主よ、姉妹は私だけにおもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」(ルカ10:40)。このようにマルタがイエスに率直に言えたことは、すでに二人の間に信頼関係ができていたことを示している。また、これに答えたイエスが、「マルタ、マルタ」と彼女の名を2度続けて呼びかけているところから、イエスがマルタに特別な親しさを持っていたことが伺える。そして、「あなたはいろいろなことに気を遣い、思い煩っている。しかし、必要なことは一つだけである。マリアは良いほうを選んだ。それを取り上げてはならない」(ルカ10:41~42)と言うイエスの勧めから、マルタは、自分に良いほうを選んだ姉妹の自発性を尊重し、奉仕を強制しないという教えを汲み取った。このことは、ラザロの復活の場面で、イエスが来られたと聞いて、マルタが一人で迎えに出たことに表れている。家で座っていることにしたマリアを煩わせなかったのだ。
イエスの教えは、まず他者の自発性を尊重することが、自分の自発性を開放する力になるというものだ。それがイエスとの対話を引き出す。それは、人の自発性が「神が吹き入れた息」(創世記2:7参照)であって、これが神の言葉を求めるからだ。この教えは、ミサを目指して生きる信者が、日常的に出会う人々と関る中で、ミサへたどり着くための大切な心得でもある。信者はミサに、み言葉とご聖体を迎えに行く。だから信者も、「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか」(ヨハネ11:25~26)と問うイエスに、マルタのように、「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると私は信じています」(ヨハネ11:27)と答えることができる。
今、信者は、ご聖体のイエスに向かって答えるのだ。この言葉を公に唱えるのはミサの中だ。信者は、ミサの中で、ご聖体のイエスに向かって、その信仰を表明する権利がある。マルタのように、ご聖体のイエスと率直に関わり、信頼関係をつくり、特別な親しさを持つ必要があるからだ。しかし、教会は、世界の信者が、マルタの体験を共有する機会を与えて来なかった。だから今も、ご聖体のイエスに向かって信仰を告白することなく生涯を終える多くの司祭、信徒たちがいる。「滅びに至る門は大きく、その道も広い。そして、そこから入る者は多い」(マタイ7:13)と書かれた通りだ。
Maria K. M.
2023/01/02
これまで考察してきたように、教会が現在のような惨状に至った道は、人の真の親である神を、婚姻のイメージ1を持って眺める多くの人々によってつくられてきた。この道を検証するために、前回に続いてヨハネ福音書のベタニアのマリアに焦点を当てる。まず聖書理解の中から、反省の材料を見つけていくためだ。
ヨハネ福音書は、ラザロの復活の物語の冒頭で、「ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村、ベタニアの出身で、ラザロと言った。このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足を拭った女である」(ヨハネ11:1~2)と、マリアの未来の行為を予告している。これは、4つの福音書が、イスカリオテのユダの悲劇を事前に予告しているのと同じ手法だと考えられる2。マリアをユダと同列に置くためだ(本ブログ№71参照)。そうであれば、後の節で「イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた」(ヨハネ11:5)と書いたとき、マリアの名を伏せたのは偶然ではない。
イエスが、ベタニアに着いてすぐ村に入らなかったのは、捕えられる危険があったからだ。兄弟ラザロのことでマルタとマリアを慰めようとして来ていた大勢のユダヤ人の中には3、大祭司やファリサイ派の人々からの回し者として遣わされ、イエスの言葉尻を捕らえようと待ち構える者もいたに違いない4。彼らは、ラザロの病気の事で助けを求めていた姉妹に、イエスがどう弁明するかを聞きたかったのだ。後で書かれたように5、彼らは、マリアのところに来ていた。だから、ヨハネ福音記者は、わざわざ、「マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは家で座っていた」(ヨハネ11,20)と記載した。この人々は、ラザロが葬られて4日もたっていたので、イエスは家に来ると思いこんでいたのだ。そこへマルタが戻って、マリアに、「先生がいらして、あなたをお呼びです」(ヨハネ11,28)と耳打ちしたので、不意を突かれた彼女は、「すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った」(ヨハネ11:29)。彼女と共にいた人々は、事情をつかめず、墓に泣きに行くと思った。
マリアはイエスを見るなり足元にひれ伏して、「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」(ヨハネ11:32)と言った。イエスは、彼女の言葉に答えなかった。イエスを出迎えてすぐ、同じ言葉を言ったマルタと異なり6、マリアのこの言葉と振る舞いは、ついてきたユダヤ人たちとともにあったからだ。イエスの弁明を期待して彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見たイエスは、憤りを覚え、心を騒がせて言われた。「どこに葬ったのか」(ヨハネ11:34)。イエスはラザロを復活させることを決心し、天の父に向かって祈るために涙を流した7。イエスにとってこれらすべての出来事は、弟子たちが信じるようになるためであった8。
【参考】1. 本ブログ№58,№59,№61~№65,№69 2. マタイ10:4,マルコ3:19,ルカ6:16,ヨハネ6:71 3. ヨハネ11:19 4. ルカ20:20 5. ヨハネ11:45~46 6. ヨハネ11:21~27 7. ヨハネ11:35, ヘブライ5:7 8. ヨハネ11:14~15
Maria K. M.
2022/12/26
イエスがベタニアで香油を注がれる場面は、ルカ以外の3つの福音書全部が記載している。マタイとマルコ福音書の女性たちは、イエスの頭に香油を注ぎかけて終わる(マタイ26,7、マルコ14,3参照)。一方、ヨハネ福音書のマリアは、この2人と違う特別な行為をした。彼女は、香油を「イエスの足に塗り、自分の髪でその足を拭った」(ヨハネ12,3)のだ。この行為によってマリアは、イエスの足に塗ったナルドの香油の香りを自分の髪にも移した。
当時、祭司長たちとファリサイ派の人々は、最高法院を召集して話し合い、イエスを殺そうと決めていた(ヨハネ11:53参照)。 マリアは、彼女のところに来ていたユダヤ人からそれを聞いて(ヨハネ11:45~47参照)、この夕食が、彼女にとって、イエスとの最後の時になるかもしれないと覚悟した可能性がある。彼女は、イエスが、足に塗られたナルドの香油の香りを慕って、同じ香りのする彼女の髪を求めて来るかもしれないというフィクションの中で(雅歌1:12参照)、自分を「キリストの花嫁」にしたのだろうか。
家は香油の香りでいっぱいになった。そのとき、イスカリオテのユダがマリアに向かって、「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか」(ヨハネ12,5)と言った。それに対してイエスが「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだ」(ヨハネ12,7)とたしなめた。しかし、この言葉が、金入れを預かっていてその中身をごまかしていたユダに向けられた言葉だったとしても、マリアに対するイエスの対応は、他の福音書の場面に比べてあまりに冷淡だ。マタイとマルコの福音書の中でイエスは、高価な香油を注いだことを非難した者たちに、まず、「なぜ、この人を困らせるのか。私に良いことをしてくれたのだ」(マタイ26,10、マルコ14,6)ととりなしている。そして、頭に香油を注いだ女性の動機を、「この人は私の体に香油を注いで、私を葬る準備をしてくれた」(マタイ26,12)、「この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もって私の体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」(マルコ14,8)と語り、さらに、「よく言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」(マタイ26,13、マルコ14,9)とまで言っている。
こうしてみると、ヨハネ福音書のこの場面の記述には、もう一つ特徴的なことがある。3つの福音書の中でヨハネ福音記者だけが、ベタニアで香油を注いだ女性をマリア、その行為を非難した者をイスカリオテのユダと特定していることだ。ここには、ベタニアのマリアを、イエスを裏切ったイスカリオテのユダと同列に置くという意図があったのではないか。それは、ヨハネ福音記者がこの場面の前の章の冒頭で、「このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足を拭った女である」(ヨハネ11:2)と書いたことにヒントがある。
Maria K. M.
Maria K. M.
2022/12/12
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| アヤソフィア(イスタンブール) |
これまで見てきたように、婚姻のイメージを使った表現は、司祭の対人関係において、性愛的なバイアスがかかる危険をはらんでいる(本ブログ№64参照)。アラス神父のように、初めから問題を抱えた司祭にとっては、火に油を注ぐような表現だと言える。これらの表現が司祭養成の根幹にあることによって、司祭たちは、信徒たちを、司祭から愛されることを望んでいる教会そのものだと見るようになる。だからアラス神父は、たった今素晴らしい説教をしたばかりなのに、そのすぐ後、香部屋でダニエルを虐待することができた。同時に、ミサにおいて信徒たちが司祭とともに唱える、「主よ、わたしはあなたをお迎えするにふさわしい者ではありません。おことばをいただくだけで救われます」という言葉と(本ブログ№68参照)、彼の前で唇を開き、舌の上にご聖体を乗せてもらう信徒の姿は(本ブログ№67参照)、いやがうえにも彼の支配欲を満足させ、彼を「司祭からも愛されることを望んで」いる教会に、すなわち少年信徒たちに向かって駆り立てる要素になり得た。アラス神父が叙階式の後、学ぶことで立ち直ることができたという神学は、彼の猥褻な行為を、このように正当化していったと考えられる。
彼は、76歳になって、「どうして神は私を止めてくれなかったのか」という疑問を発したが、彼を止めてくれなかったのは、神ではなく神学だったのだ。だから彼は、「これだけの罪を犯した原因が、自分には決して分からないという事実を、受け入れなければならないのだと思います」と無責任に言うことができた。神を天の父と呼ぶ教会が、21世紀になっても、上記のように婚姻のイメージで表現する神学を改めないなら、司祭に誠実であってほしいと望むあらゆる立場に置かれた多くの犠牲者たちに、真実を示すことはないだろう。
Maria K.
M.
2022/12/05
カトリック教会の司祭から子供のころ性的虐待の被害にあったダニエル・ピッテ氏の手記の最後には、その教区のモレロ司教と執筆協力者のレポン氏が、本手記の出版前年に、加害者のアラス神父に面談した記録が載せられている。このとき76歳になっていたアラス神父の年齢をみると、前回考察したように、彼自身が、聖体拝領において、司祭の前で跪いて唇を開き、舌を出して拝領する人であったし、叙階された後は、このような人々に聖体を授ける司祭の一人であったろう。このような重大な犯罪が長きに渡って隠蔽され得たのは、大きな権力と権威が結びついた結果であり、上記の聖体拝領の仕方を続けてきたことは、司祭をこのような権威に依存させ、支配欲を満足させる行為に向かわせる危険をはらんでいた(本ブログ№67参照)。加えて、ミサのたびごとに、聖体拝領の前には、司祭は会衆と共に百人隊長由来の言葉を唱えてきたにちがいない(マタイ8:8参照)。
本ブログ№66で考察したように、百人隊長の人間的な謙遜は、これらの欲望から遠ざけるより、支配欲をかき立てる方に向く可能性がある。彼が語った部下の兵隊とのやり取りのたとえから分かるように(マタイ8:9参照)、彼の謙遜は、人間の権威の下にいる者が、その権威への服従によって発現したものだ。だから彼は、特別な権威の下にいるイエスが命じれば、子(僕)は癒されるということを、自動的に信じることができた。そして、イエスが言った「あなたが信じたとおりになるように」(マタイ8:13)という言葉が実現した。しかし、彼が、子(僕)が癒されても、感謝して神を賛美するためにイエスのもとに戻って来なかったのは、誰もがイエスを神であると思っていなかったように、彼にとってもそれは思いもよらないことだったからだ。彼は当時の人々と同じく、イエスをエリヤやエレミヤのような権威ある預言者の一人だと考えていたにちがいない(ヨハネ16:13~14参照)。この百人隊長由来の言葉を、信者がミサの度にご聖体を前にして唱え続けていれば、やがて無意識のうちに、“イエスが神だとは思いもよらないこと”に陥ってしまい、ご聖体がイエスご自身だと信じる根拠を失ってしまう危険がある。
上記の面談記録にあるように、聖務が禁じられ、典礼や祭事に未練はないと言うアラス神父は、「神とはいったい誰なのか」、「神よ、私は何をしてしまったのか」、「自分が何者であるか」、「どうして神は私を止めてくれなかったのか」などの疑問を発し、その答えを悟れずにいた。百人隊長と同じく“イエスが神であるとは思いもよらないこと”を突破できずにいたのだ。これを突破したのは、天の父がペトロに現した言葉である(マタイ6:13~20参照)。ご聖体を前にして、「世の罪を取り除く神の小羊。神の小羊の食卓に招かれた人は幸い」と司祭が唱え、司祭と会衆がともに唱える言葉は、「あなたはメシア、生ける神の子です」(マタイ16:16)というペトロの信仰告白である。「世の罪を取り除く神の小羊」はメシアである生ける神の子を示唆している。だから、「神の小羊の食卓に招かれた人は幸い」(黙示録19:9参照)なのである。ゆえに、ペトロの信仰告白は「神の真実の言葉である」(黙示録19:9)。
Maria K. M.